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丸山晩霞記念館に関する学芸員テキスト
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東信州のT
北に浅間山、南には八ヶ岳がそびえ、日本最長を誇る千曲川(信濃川上流部)は、野辺山高原から佐久平を抜けて、善光寺平へと流れ込む。ここは東信と呼ばれる地域。山間と山麓、河の流域に街道として発展した交通の要所と、それを結ぶ城下町や宿場として栄えた地域の形だ。現在の東信は、横に伸びる国道18号線と、縦に繋がる国道141号線をメインストリートにして、その陸路は町や人、文化を繋ぐ。
美術の普及は今やコンピューターネットワークが主軸となりつつある。しかし、それはあくまでも視覚伝達可能な情報が多角的に発信されていくものであり、簡易的なコミュニケーションツールとは成り得るが、人と人、人と芸術が関わり合う本来の〝鑑賞〟や〝会話〟とは大きく異なる。美術は眼で見なければはじまらない。身体で感じなければ伝わらない。理想をいうのであれば、作家と会って話をすべきだ。今を生きる作家とつきあうことができるのが現代美術の醍醐味なのだから。作家や鑑賞者、そして学芸員と、美術に携わる人間の本身が動き出すことが大事なのだ。
東から西に向けて群馬県側から18号線を走り、碓氷峠を越えれば、長野県最東端に位置する軽井沢町に入る。避暑地として栄え、西欧の雰囲気を醸してきた軽井沢は文化人が集った場所として知られる。ペイネ美術館をはじめ、多くの美術館が存在する。私が自らの推薦作家、越ちひろと出会ったのは2017年6月、彼女は軽井沢タリアセンのあふれる自然のなかでカラフルなリボンを張り巡らすインスタレーション制作の最中であった。そのまま私が莫大な量のリボン結びを手伝ったのは言うまでもない。今回、心の花美術館の加藤泰子が推薦する上田謙二も2006年より軽井沢に移住し、ルヴァン美術館に在籍しながら制作を続けている。時代を問わず軽井沢に集ったひとりの芸術家なのだろう。
18号線は軽井沢町から御代田町(シンビズム1出品作家:森泉智哉在住)、小諸市を抜けて東御市(シンビズム1出品作家:サム・プリチャード在住)へと続く。シンビズム2の東信会場となる東御市の丸山晩霞記念館は、東御ゆかりの水彩画家、丸山晩霞の個人美術館でありながら、佐藤聡史が名物学芸員として学校連携と熱心な美術教育に務めているという特色がある。彼の推薦する山上渡は、粘菌の存在から世界の理やミクロとマクロ、コスモロジーを感じさせられる近未来的な表現を用いる。
さらに西へと向かうと真田家のお膝元、上田城下に栄えた由緒ある町と2014年に開館した上田市立美術館(サントミューゼ)がある。大衆美術運動を推進し、創作版画の父と称される山本鼎の作品資料を保持する。小笠原正推薦の作家、西澤千晴は上田からさらに北西へ進んだ坂城町出身のである。コミカルでカラフルな世界観と溢れる群衆像(サラリーマンたち)、フラットな画面と俯瞰的な視点は、濃厚な時間の経過を味わえる鑑賞体として面白い。加藤泰子が館主をつとめる私設美術館、心の花美術館は個人コレクターの視線から蒐集されたコレクションが披露されつつ、地元作家の活躍の場となる企画を練る。陶板やレジンを材質とし、半立体的絵画とも呼べる上田謙二の作り出す物質からは、美術の創造と廃退を感じさせられる。
そして千曲川が長野市(シンビズム1出品作家:深沢尚宏出身)に向けて大きく開けていく場所に位置するのが千曲市であり、越ちひろの制作拠点である。越が近年力を入れている壁画制作はソーシャルな創造物として、建物に、町に、世界に彼女の痕跡を残し、美術が地域に馴染み溶け込んでいく。
小諸市まで戻り18号線と分岐する141号線は、佐久平から臼田地区、佐久穂町、小海町(シンビズム1出品作家:新海誠出身)を抜けて野辺山高原へと南下する。長野新幹線開通後、急速に発展している佐久市(シンビズム1出品作家:小林冴子在住)である。佐久市の工藤美幸は今回北信エリアでの参加となる。山間を流れる千曲川渓流部に開かれた佐久甲州街道から松原湖方面に上ると安藤忠雄設計の小海町高原美術館がある。中嶋実推薦のYoshimi Hayashiは2007年と2017年に小海町を舞台に滞在制作を行い、小海の土地の人々との交流、地域の自然環境と関わり合いながらインスタレーション作品を発表した。今回の舞台、東御市ならではの作品に期待したい。
アルファベットの〝T〟の字に形成された主要道路は、東信を繋ぐ。2回のシンビズムに関する美術的要素を文章で繋ぐだけでも、これだけあるのだ。全7館の美術館と、6人の学芸員、20人の作家が参加したことになる。そして、この交通網が蔓延る地図上にはまだまだたくさんの美術が存在する。国道に並行する形で上信越自動車道と、いずれは静岡まで伸びるという中部横断自動車道がある。2015年に開通した北陸新幹線は東京と金沢を繋ぎ、最終到達点は関西までの開通だという。道はどこまでも繋がる。可能性と機会は広がり、私たちはいつでもどこへでも美術に会いに行ける。
美術の普及は今やコンピューターネットワークが主軸となりつつある。しかし、それはあくまでも視覚伝達可能な情報が多角的に発信されていくものであり、簡易的なコミュニケーションツールとは成り得るが、人と人、人と芸術が関わり合う本来の〝鑑賞〟や〝会話〟とは大きく異なる。美術は眼で見なければはじまらない。身体で感じなければ伝わらない。理想をいうのであれば、作家と会って話をすべきだ。今を生きる作家とつきあうことができるのが現代美術の醍醐味なのだから。作家や鑑賞者、そして学芸員と、美術に携わる人間の本身が動き出すことが大事なのだ。
東から西に向けて群馬県側から18号線を走り、碓氷峠を越えれば、長野県最東端に位置する軽井沢町に入る。避暑地として栄え、西欧の雰囲気を醸してきた軽井沢は文化人が集った場所として知られる。ペイネ美術館をはじめ、多くの美術館が存在する。私が自らの推薦作家、越ちひろと出会ったのは2017年6月、彼女は軽井沢タリアセンのあふれる自然のなかでカラフルなリボンを張り巡らすインスタレーション制作の最中であった。そのまま私が莫大な量のリボン結びを手伝ったのは言うまでもない。今回、心の花美術館の加藤泰子が推薦する上田謙二も2006年より軽井沢に移住し、ルヴァン美術館に在籍しながら制作を続けている。時代を問わず軽井沢に集ったひとりの芸術家なのだろう。
18号線は軽井沢町から御代田町(シンビズム1出品作家:森泉智哉在住)、小諸市を抜けて東御市(シンビズム1出品作家:サム・プリチャード在住)へと続く。シンビズム2の東信会場となる東御市の丸山晩霞記念館は、東御ゆかりの水彩画家、丸山晩霞の個人美術館でありながら、佐藤聡史が名物学芸員として学校連携と熱心な美術教育に務めているという特色がある。彼の推薦する山上渡は、粘菌の存在から世界の理やミクロとマクロ、コスモロジーを感じさせられる近未来的な表現を用いる。
さらに西へと向かうと真田家のお膝元、上田城下に栄えた由緒ある町と2014年に開館した上田市立美術館(サントミューゼ)がある。大衆美術運動を推進し、創作版画の父と称される山本鼎の作品資料を保持する。小笠原正推薦の作家、西澤千晴は上田からさらに北西へ進んだ坂城町出身のである。コミカルでカラフルな世界観と溢れる群衆像(サラリーマンたち)、フラットな画面と俯瞰的な視点は、濃厚な時間の経過を味わえる鑑賞体として面白い。加藤泰子が館主をつとめる私設美術館、心の花美術館は個人コレクターの視線から蒐集されたコレクションが披露されつつ、地元作家の活躍の場となる企画を練る。陶板やレジンを材質とし、半立体的絵画とも呼べる上田謙二の作り出す物質からは、美術の創造と廃退を感じさせられる。
そして千曲川が長野市(シンビズム1出品作家:深沢尚宏出身)に向けて大きく開けていく場所に位置するのが千曲市であり、越ちひろの制作拠点である。越が近年力を入れている壁画制作はソーシャルな創造物として、建物に、町に、世界に彼女の痕跡を残し、美術が地域に馴染み溶け込んでいく。
小諸市まで戻り18号線と分岐する141号線は、佐久平から臼田地区、佐久穂町、小海町(シンビズム1出品作家:新海誠出身)を抜けて野辺山高原へと南下する。長野新幹線開通後、急速に発展している佐久市(シンビズム1出品作家:小林冴子在住)である。佐久市の工藤美幸は今回北信エリアでの参加となる。山間を流れる千曲川渓流部に開かれた佐久甲州街道から松原湖方面に上ると安藤忠雄設計の小海町高原美術館がある。中嶋実推薦のYoshimi Hayashiは2007年と2017年に小海町を舞台に滞在制作を行い、小海の土地の人々との交流、地域の自然環境と関わり合いながらインスタレーション作品を発表した。今回の舞台、東御市ならではの作品に期待したい。
アルファベットの〝T〟の字に形成された主要道路は、東信を繋ぐ。2回のシンビズムに関する美術的要素を文章で繋ぐだけでも、これだけあるのだ。全7館の美術館と、6人の学芸員、20人の作家が参加したことになる。そして、この交通網が蔓延る地図上にはまだまだたくさんの美術が存在する。国道に並行する形で上信越自動車道と、いずれは静岡まで伸びるという中部横断自動車道がある。2015年に開通した北陸新幹線は東京と金沢を繋ぎ、最終到達点は関西までの開通だという。道はどこまでも繋がる。可能性と機会は広がり、私たちはいつでもどこへでも美術に会いに行ける。
鈴木 一史 (山ノ内町立志賀高原ロマン美術館)
Summary of the Works of the Artists in the Eastern Shinshu Region− A “T” in the Eastern Shinshu Region −
There is Mt. Asamasan rising in the north, the Yatsugatake Mountain Range soaring in the south, and the Chikuma-gawa River which boasts as the longest in Japan running through the Eastern Shinshu region. The location of the Maruyama Banka Memorial Museum in Tomi City, the venue this time, and Ueda City, where there is a historical castle, can be connected by a straight line, running east to west. It can be overlapped by a perpendicular line connecting Koumi Town in the south and Saku City in the north. These two main roads, which form a “T” along the mountains and rivers, connect five museums and five artists in the Eastern Shinshu region.
YAMAKAMI Wataru employs near-futuristic expressions from which you can feel the laws of nature, both microscopic and macroscopic. From a bird’s-eye point of view in the comical world of NISHIZAWA Chiharu, you can savor an enriching time of appreciation. The works of UEDA Kenji, which can be called “pseudo three-dimensional paintings,” made of basic materials such as ceramic tiles and resins, evoke not only creative, but also decadent feelings. The artistic expression on the tableaux by KOSHI Chihiro seems to adapt itself and melt into this region, and can be seen in buildings, towns and throughout the world as well. Yoshimi HAYASHI develops his installations, engaging in communication with local people and the natural environment of this region.
YAMAKAMI Wataru employs near-futuristic expressions from which you can feel the laws of nature, both microscopic and macroscopic. From a bird’s-eye point of view in the comical world of NISHIZAWA Chiharu, you can savor an enriching time of appreciation. The works of UEDA Kenji, which can be called “pseudo three-dimensional paintings,” made of basic materials such as ceramic tiles and resins, evoke not only creative, but also decadent feelings. The artistic expression on the tableaux by KOSHI Chihiro seems to adapt itself and melt into this region, and can be seen in buildings, towns and throughout the world as well. Yoshimi HAYASHI develops his installations, engaging in communication with local people and the natural environment of this region.
Suzuki, Kazufumi (Shigakogen Roman Museum)