学芸員の解説
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肖像彫刻の動物たち
→ 大曽根 俊輔について解説
安曇野市教育委員会
三澤 新弥
私たちの動物に対する認識は、思っている以上に、いいかげんなもののようだ。私たちは、それらしいイメージに描かれていたり、作られているものをみるとき、その特徴をもって、ある動物として認識するのではないか。ましてや、細部まで精密に作られていれば、そこに強いリアリティを感じるだろう。その一方で、剥製にされた動物たちに、かえって作りもののようなうさん臭さを感じないだろうか。これは、私たちが個々の動物の個性について無自覚なため、あからさまになったその模様やツノのような独自の形状や色彩といった特徴が、類型化して認識していたものと異なるため違和感を感じるのではないか。ヒトという別の種の生き物の認識として、当然のことであろう。動物を主題として制作する作家は、その個性をどこまで重視しているのだろうか。
大曽根俊輔は、制作にあたって取材の時間をとくに大切にするという。動物たちのさまざまな表情をみつけるその瞬間に、制作を続けることの喜びを感じるらしい。空想上の生き物を作り出したり、想像で制作を進めるのではなく、大曽根は動物に直接向かい合い、会話をするようにスケッチを重ねながら制作している。
ミニブタのブーちゃん、カバのツグミ、マナティのボク、陸ガメのアップルさん。どの動物たちにも実在のモデルがおり、共通してボリュームに満ちたプロポーションをしている。彼らは動物園や牛舎の動物たちなのだ。大曽根が作り出した作品からは、晴れた休日の昼下がりのような、ゆるやかな時の流れを感じる。
木、石、粘土といった素材で、ほ乳類の全身を覆う体毛を一本一本細かく表現することは困難な作業だろう。大曽根が生み出した動物たちにも、一本ごとのふさふさとした体毛はない。ミニブタのブーちゃんの背面に、大曽根は逆立ったタテガミを思わせる木彫りを施した。また、細部に至っては作家の手の痕跡すら残している。あえて残されたその痕跡は、作家の遊び心を伝えこそすれ、作品を台無しにするものではない。それらは作品たちに命を吹き込んだ痕跡であるかのようだ。いまにも動き出しそうな彫刻となったのは、作者が何度も観察を重ね、動物たちの存在を自分のものに咀嚼した結果に違いない。大曽根は、自身の動物彫刻を肖像彫刻としてとらえ、彼らの個性を大切にとらえている。
神奈川県に生まれた大曽根は、武蔵野美術大学で家具の制作を学び、東京藝術大学大学院で文化財の修復を修了した。文化財の修復に携わるなかで覚えた乾漆の技法を用いてこれらの動物たちを生み出している。
乾漆の技法はあらゆるものの造型を可能にしている。伝統的には奈良の興福寺の阿修羅像のように、木や粘土を基礎に、麻布を漆で張り重ねてモデリングを進める。成形の後、内部の粘土を抜き出すと、軽くかつ頑丈な造形となる。これが奈良時代に多くの仏像制作に用いられた脱活乾漆と呼ばれる技法である。スタイロフォームなどの、取り扱いが容易で軽い新素材を基礎に用い、重力に反するような、一見すると柔軟で軽そうな立体物を制作する現代作家もいる。乾漆は、木や石や金属のように素材の重さや硬さ、粘土やガラスのような軟らかさ、成形時に必要な焼成や鋳造にともなう高熱など、制作の際に制限される要因が少なく、完成後も頑丈であることから、古来自由な造形に用いられてきた。現在でも立体造形を志す芸術家から注目される技法のひとつである。
大曽根は、脱活乾漆や木彫を基礎とし、そこにさらに木屑を混ぜた漆を盛り付け成形する木芯乾漆の技法を用いている。作品には、可能であればモデルとなった動物の一部を納めるという。取材を重ねるなかで知り合いとなった飼育員から、動物たちの体毛などを分けてもらえることがあるようだ。作品に魂を入れ込む祈りに似たこの行為により、ますますモデルとなった動物たちへの愛着が増し、その動物の肖像が完成していくのであろう。
今後作りたいものを尋ねると、大曽根は迷うことなくクロチョウビと答えた。それは黒蝶尾という名前のとおり、大きな蝶のような尾びれを持ち、飛び出した目とずんぐりとした胴体が特徴の金魚である。なるほど、大曽根が創作の意欲が湧くというスタイルを持ち合わせた生き物だ。工房で飼育しながら作品を制作するという。大曽根の作る黒蝶尾は、観る者の心をとらえ、そのなかに棲み着きかねない魅力を備えることだろう。
大曽根俊輔は、制作にあたって取材の時間をとくに大切にするという。動物たちのさまざまな表情をみつけるその瞬間に、制作を続けることの喜びを感じるらしい。空想上の生き物を作り出したり、想像で制作を進めるのではなく、大曽根は動物に直接向かい合い、会話をするようにスケッチを重ねながら制作している。
ミニブタのブーちゃん、カバのツグミ、マナティのボク、陸ガメのアップルさん。どの動物たちにも実在のモデルがおり、共通してボリュームに満ちたプロポーションをしている。彼らは動物園や牛舎の動物たちなのだ。大曽根が作り出した作品からは、晴れた休日の昼下がりのような、ゆるやかな時の流れを感じる。
木、石、粘土といった素材で、ほ乳類の全身を覆う体毛を一本一本細かく表現することは困難な作業だろう。大曽根が生み出した動物たちにも、一本ごとのふさふさとした体毛はない。ミニブタのブーちゃんの背面に、大曽根は逆立ったタテガミを思わせる木彫りを施した。また、細部に至っては作家の手の痕跡すら残している。あえて残されたその痕跡は、作家の遊び心を伝えこそすれ、作品を台無しにするものではない。それらは作品たちに命を吹き込んだ痕跡であるかのようだ。いまにも動き出しそうな彫刻となったのは、作者が何度も観察を重ね、動物たちの存在を自分のものに咀嚼した結果に違いない。大曽根は、自身の動物彫刻を肖像彫刻としてとらえ、彼らの個性を大切にとらえている。
神奈川県に生まれた大曽根は、武蔵野美術大学で家具の制作を学び、東京藝術大学大学院で文化財の修復を修了した。文化財の修復に携わるなかで覚えた乾漆の技法を用いてこれらの動物たちを生み出している。
乾漆の技法はあらゆるものの造型を可能にしている。伝統的には奈良の興福寺の阿修羅像のように、木や粘土を基礎に、麻布を漆で張り重ねてモデリングを進める。成形の後、内部の粘土を抜き出すと、軽くかつ頑丈な造形となる。これが奈良時代に多くの仏像制作に用いられた脱活乾漆と呼ばれる技法である。スタイロフォームなどの、取り扱いが容易で軽い新素材を基礎に用い、重力に反するような、一見すると柔軟で軽そうな立体物を制作する現代作家もいる。乾漆は、木や石や金属のように素材の重さや硬さ、粘土やガラスのような軟らかさ、成形時に必要な焼成や鋳造にともなう高熱など、制作の際に制限される要因が少なく、完成後も頑丈であることから、古来自由な造形に用いられてきた。現在でも立体造形を志す芸術家から注目される技法のひとつである。
大曽根は、脱活乾漆や木彫を基礎とし、そこにさらに木屑を混ぜた漆を盛り付け成形する木芯乾漆の技法を用いている。作品には、可能であればモデルとなった動物の一部を納めるという。取材を重ねるなかで知り合いとなった飼育員から、動物たちの体毛などを分けてもらえることがあるようだ。作品に魂を入れ込む祈りに似たこの行為により、ますますモデルとなった動物たちへの愛着が増し、その動物の肖像が完成していくのであろう。
今後作りたいものを尋ねると、大曽根は迷うことなくクロチョウビと答えた。それは黒蝶尾という名前のとおり、大きな蝶のような尾びれを持ち、飛び出した目とずんぐりとした胴体が特徴の金魚である。なるほど、大曽根が創作の意欲が湧くというスタイルを持ち合わせた生き物だ。工房で飼育しながら作品を制作するという。大曽根の作る黒蝶尾は、観る者の心をとらえ、そのなかに棲み着きかねない魅力を備えることだろう。