信州高遠美術館
Takato Museum of Arts
終了しました
2023
12.03SUN
2024
01.14SUN
- ・諏訪インターチェンジから国道152号を経由50分
・伊那インターチェンジから国道361号を経由30分
エッセイ
変化に臆することなく、新しい表現の地平へ
木曽町教育委員会
伊藤 幸穂
信州高遠美術館がある高遠城跡は、二つの川に挟まれた段丘にある、天然の地形を利用した高台の要害で、戦国時代には激しい戦もあった。美術館はそこからわずか南に下った場所にある、地形に沿うように湾曲した建物だ。また、城跡は明治初期に町人らが植えた小彼岸桜で全国に知られている。今年(令和5)も、満開時には全国から訪れた観桜者が美術館前庭まで埋め尽くされんばかりだった。高遠には図書館(古文書館)、歴史博物館もあり、この地域の文化度の高さがうかがえる。
会場では伊那市出身でニュージーランド在住の写真家丸山晋一と、茅野市出身・在住の陶芸及び画家の津金多朗、東京都出身で飯田市在住のインスタレーション作家である持田敦子の3名の作品を展示する。シンビズム5の最終会場となり、真冬にあたるので澄んだ空気のなかで静かに芸術と向き合うことができるだろう。
各作家の活動歴をみると、表現方法は全く異なるが、良い意味で試練を打開し、紆余曲折を経て現在の姿へたどり着いているように思える。共通しているのは、過去を短絡的に正負に分けず、新しい表現の地平を自ら拓いてきた点ではないだろうか。現状をポジティブに受け入れたうえで、変化に常に臆することなく方策を見つけるという言い方もできるかもしれない。
丸山は、伊那市に生まれ、大学の工学部画像工学科に進学し写真技術を習得したのち、「人知れず密かに存在している美」を追い求め、手間や労力を惜しまない芸術写真を撮影し続けている作家だ。
例えば、1/20,000秒という高速撮影により液体の流動する姿を撮影したシリーズ「空書-Kusyo-」では誰も見たことのない流動する墨の美を表した。同シリーズを起点に、液体が流動する瞬間を彫刻に見立てた「Water Sculpture」のほか、龍安寺の石庭を撮影した「Gardens」など日本古来の美意識をテーマにした作品も発表している。丸山は「肉眼では見えない、儚すぎる、そのような隠れた美を発見し捉えたい」と述べており、色彩を抑えた抽象性の高い写真を撮影している。これまで県内で作品を見る機会が少なかったが、今後もますます活躍が期待される。
津金多朗は、美術大学を受験する際に、デザイン科志望から工芸科志望へとチェンジし、在学中には陶による立体作品を数多く発表している。現在は環境の変化に合わせるように、絵画にも精力的に取り組んでいる。
また、津金の陶による人体作品や頭部を表現した立体作品を見ると、どことなく気負いがなくリラックスして見えてくるのが不思議だ。無数に孔が空いた頭部は、脳ばかりに意識が集中して、凝り固まっている現代人に、もっと柔軟な頭になってと促しているのではないかと感じた。陶による人体表現においても絵画表現においても自然体で臨む気持ちは変わらないのだろう。
持田敦子は大学では日本画専攻だったが、在学中からインスタレーションへと手段を変化させ、大学院へ進んだ。ドイツへ留学した際には、建築やデザインといった分野と親和したプロジェクトを発表した。
持田の「Steps」を今年3月に志賀高原ロマン美術館で見た。通常は建築現場でしか使用しない単管パイプが、漆黒の中を階段のように曲線を描きながら天へと突き抜けて進んでいた。その光景は、思わず息をのむほどの美しさだ。しかしその分、危険も孕む。
「Steps」は「階段」のほか「手順」「道程」とも訳せる。プロジェクト遂行においては、最も試されることか。とはいえアイデアを練る際には最初にドローイングを描くとのこと。そのように作家の中に芽生えた表現が、社会的にも意味を持つ作品へと育ってゆくのだろう。複数の地域で活動を行う持田は、県内でも北アルプス芸術祭にも参加した。現在、長野県に住み2児を育てながら新たなプロジェクトに向かっている。持田の大型作品が出品されるかは現時点では未定であるが、作品の神髄に迫る資料や、写真が展示される。
なお、美術館には壁面が少し湾曲した開放的な展示室1と、ガラスケースのある落ち着いた展示室2がある。それらをつなぐギャラリー1や高遠湖を見下ろすギャラリー2などもある。シンビズムという縁あって集まった3名の作家が、高遠を舞台に刺激的な世界を展観してくれるだろう。
ESSAY