Artist
参加アーティスト
阿部 祐己
Yuki Abe
>《霧のあと》2012年
Works & Comment
日本語テキストで読む
Read in English Text
霧のあと
幼少の頃から足繁く通った霧ヶ峰は、名前の由来通り、しばしば濃い霧に包まれる。霧に覆われると境目が消え、どこまでも先に続いているような錯覚を覚えた。かつての霧ヶ峰では山岳信仰が盛んだったという。草原に残る社跡で行われる神事は、800年前に武士たちが行っていた狩猟祭の名残でもある。一方で草原には本来の役目を終えた建築群が、ひとつ、ふたつと増えている。放置された無人の建造物は現代の活動を後世に伝える新たな遺跡のようにも思えた。
霧は一瞬の出来事だ。出ては消えて、すべてを覆うようにみえてもどこかへと消える。人の活動も同じだろうか。古の史跡も現代の建物跡も山の表面に作られた一過性の存在に過ぎない。現代の霧ヶ峰自体が、霧のような一瞬の存在とは考えられないだろうか。山の長い時間軸のなかで、霧の先には、はじまりはなく、終わりもない。あとに残る、あるいは埋れていく霧のあとを探して、私は道を辿っている。
幼少の頃から足繁く通った霧ヶ峰は、名前の由来通り、しばしば濃い霧に包まれる。霧に覆われると境目が消え、どこまでも先に続いているような錯覚を覚えた。かつての霧ヶ峰では山岳信仰が盛んだったという。草原に残る社跡で行われる神事は、800年前に武士たちが行っていた狩猟祭の名残でもある。一方で草原には本来の役目を終えた建築群が、ひとつ、ふたつと増えている。放置された無人の建造物は現代の活動を後世に伝える新たな遺跡のようにも思えた。
霧は一瞬の出来事だ。出ては消えて、すべてを覆うようにみえてもどこかへと消える。人の活動も同じだろうか。古の史跡も現代の建物跡も山の表面に作られた一過性の存在に過ぎない。現代の霧ヶ峰自体が、霧のような一瞬の存在とは考えられないだろうか。山の長い時間軸のなかで、霧の先には、はじまりはなく、終わりもない。あとに残る、あるいは埋れていく霧のあとを探して、私は道を辿っている。
Trace of Fog
I have been to Kirigamine Kogen (plateau) often ever since I was a small child, and, as the name of the plateau implies, dense fog often settles there. When I am surrounded by fog, I get the illusion of fog spreading everywhere, devoid of boundaries.
People used to worship Kirigamine, and Shinto services are still held at the remains of a shrine in a grass field there. This ritual could be traced back to the Samurai, who held hunting ceremonies there 800 years ago. In the grass fields, people have also begun abandoning their residences one by one when they are no longer any use to them. Theses deserted buildings will look like ruins in the future and, from their remains, future generations will learn how we lived.
Fog is ephemeral ― it appears and disappears. It may look like it covers everything, but it will eventually vanish. Our activities might be considered in the same way. Ancient remains and modern architecture on the plateau exist only briefly. We can see Kirigamine presently as something similar to fog, can’t we?
Time has no bearing on how long Kirigamine has been or will exist, just as fog has no beginning or end.
I continue on my path, tracing fog wherever it appears or disappears.
I have been to Kirigamine Kogen (plateau) often ever since I was a small child, and, as the name of the plateau implies, dense fog often settles there. When I am surrounded by fog, I get the illusion of fog spreading everywhere, devoid of boundaries.
People used to worship Kirigamine, and Shinto services are still held at the remains of a shrine in a grass field there. This ritual could be traced back to the Samurai, who held hunting ceremonies there 800 years ago. In the grass fields, people have also begun abandoning their residences one by one when they are no longer any use to them. Theses deserted buildings will look like ruins in the future and, from their remains, future generations will learn how we lived.
Fog is ephemeral ― it appears and disappears. It may look like it covers everything, but it will eventually vanish. Our activities might be considered in the same way. Ancient remains and modern architecture on the plateau exist only briefly. We can see Kirigamine presently as something similar to fog, can’t we?
Time has no bearing on how long Kirigamine has been or will exist, just as fog has no beginning or end.
I continue on my path, tracing fog wherever it appears or disappears.
>《霧のあと》2013年
>《霧のあと》2016年
>《霧のあと》2015年
Profile
阿部 祐己 Yuki Abe
写真
- 1984
- 長野県茅野市生まれ
- 2011
- 日本写真芸術専門学校卒業
主な受賞歴
- 2011
- 写真新世紀佳作
- 2012
- 写真新世紀佳作
- 2015
- 三木淳賞
主な作品発表歴
- 2014
- 【個展】「新しき家」(新宿Nikon Salon/東京都、大阪Nikon Salon/大阪府)
- 2015
- 【個展】三木淳賞受賞作品展「新しき家」(新宿Nikon Salon/東京都)
- 2016
- 【個展】「霧のあと」(銀座Nikon Salon/東京都、大阪Nikon Salon/大阪府)
三木淳賞受賞作品展「新しき家」(大阪Nikon Salon/大阪府)
- 2011
- 【グループ展】写真新世紀(東京都写真美術館,せんだいメディアテーク/宮城県)
- 2012
- 【グループ展】写真新世紀(東京都写真美術館,せんだいメディアテーク/宮城県)
- 2013
- 【グループ展】キヤノンフォトグラファーズセッション
- 2014
- 【グループ展】BIRTH展(CANSON Gallery/韓国、ソウル)
三菱商事アートゲートプログラム展(GYRE/東京都、表参道)
- 2015
- 【グループ展】全州国際Photo FESTIVAL(全州郷校/韓国、全州市)
学芸員の解説
日本語テキストで読む
Read in English Text
土地がもつ垂直の歴史を掬い取る
阿部祐己はこれまで故郷の諏訪地域に多く取材し、2015年には母方の実家である築83年の民家の建て替えを撮影した「新しき家」で第17回三木淳賞を受賞した。
阿部が現在に至るまで10年近くにわたって撮影を続ける本シリーズ「霧のあと」は、霧ヶ峰高原に取材した作品群である。スキー場やグライダー場を擁する観光地として昭和の初めから開発された霧ヶ峰は、ビーナスラインが開通するとドライブ客で賑わい、現在でも高原の植生が広がる景勝地として知られている。しかし同時にそこは旧石器時代から縄文時代にかけての遺跡が数多く存在し、中世には諏訪大社の重要な狩猟祭である御射山祭が盛大に行われていた場所であった。
こうしたいくつもの時間が交差する霧ヶ峰高原を舞台に、現在の人びとの営みが一定の距離をとって記録される。草原への火入れ作業と山火事、廃墟、石祠とそこで行われる大小の祭り、スキーに興じる人びとの姿などが、中立的な視点で淡々と示されていく。
かつて牧草地として人の手によって何百年も維持されてきた草原は、現在では放っておけば森林化してしまうのを防ぐために火入れが行われているという。ときの変化とともに打ち捨てられ廃墟となったホテルのように、一時の人の営みが永遠に続くわけではない。現在を生きる私たちの営みもまたあっという間に儚く消えていくものなのだ。俯瞰して撮影された人びとの姿は、自然に飲み込まれかねない小さく不確かな存在のように映る。しかし一方で、この地で何百年も前に行われていたであろう祭祀が今現在もかたちを変えて行われ続けていることが分かる。不確かながらも連綿と続いてきた人びとの営みの姿を、阿部は鮮やかに示してみせている。
長年にわたり足を運び、撮影を重ねることで、そのときその場にいるだけではみることのできない地層のように重なる歴史が浮かび上がる。壮大な自然のうえに写し取られているのは、その重なる歴史の表層として現れた人びとの姿なのだ。
阿部が現在に至るまで10年近くにわたって撮影を続ける本シリーズ「霧のあと」は、霧ヶ峰高原に取材した作品群である。スキー場やグライダー場を擁する観光地として昭和の初めから開発された霧ヶ峰は、ビーナスラインが開通するとドライブ客で賑わい、現在でも高原の植生が広がる景勝地として知られている。しかし同時にそこは旧石器時代から縄文時代にかけての遺跡が数多く存在し、中世には諏訪大社の重要な狩猟祭である御射山祭が盛大に行われていた場所であった。
こうしたいくつもの時間が交差する霧ヶ峰高原を舞台に、現在の人びとの営みが一定の距離をとって記録される。草原への火入れ作業と山火事、廃墟、石祠とそこで行われる大小の祭り、スキーに興じる人びとの姿などが、中立的な視点で淡々と示されていく。
かつて牧草地として人の手によって何百年も維持されてきた草原は、現在では放っておけば森林化してしまうのを防ぐために火入れが行われているという。ときの変化とともに打ち捨てられ廃墟となったホテルのように、一時の人の営みが永遠に続くわけではない。現在を生きる私たちの営みもまたあっという間に儚く消えていくものなのだ。俯瞰して撮影された人びとの姿は、自然に飲み込まれかねない小さく不確かな存在のように映る。しかし一方で、この地で何百年も前に行われていたであろう祭祀が今現在もかたちを変えて行われ続けていることが分かる。不確かながらも連綿と続いてきた人びとの営みの姿を、阿部は鮮やかに示してみせている。
長年にわたり足を運び、撮影を重ねることで、そのときその場にいるだけではみることのできない地層のように重なる歴史が浮かび上がる。壮大な自然のうえに写し取られているのは、その重なる歴史の表層として現れた人びとの姿なのだ。
長田 絵美(八ヶ岳美術館)
A Vertical History Scraped from Kirigamine Kogen
“Trace of Fog” turns out to be a group of photographs of Abe Yuuki taken during his coverages of the Kirigamine Kogen (plateau) for nearly 10 years. The plateau, currently a well-known tourist attraction, has prospered since the Old Stone Age through the Jomon Period and was offered as a venue where hunting festivals were held on a large scale under the auspices of the Suwa Taisha (large shrine) in the Middle Ages.
Abe captures at a distance, in his photos, modern people currently living in this locality, where various times have merged steadily, but calmly. As a result, what we see is the ephemeral figures of people which are threatened to be engulfed by nature and, on the other hand, the continuation of festivals which have been handed down since ancient times, though changing in form to this day. The history of this region, layered like geological strata, is embodied in the present-day appearance of ourselves in his works.
Abe captures at a distance, in his photos, modern people currently living in this locality, where various times have merged steadily, but calmly. As a result, what we see is the ephemeral figures of people which are threatened to be engulfed by nature and, on the other hand, the continuation of festivals which have been handed down since ancient times, though changing in form to this day. The history of this region, layered like geological strata, is embodied in the present-day appearance of ourselves in his works.
Nagata Emi(Yatsugatake Museum of Art)
開催会場
南信
諏訪市美術館
- 住所
- 〒392-0027
長野県諏訪市湖岸通り4-1-14
- 電話番号
- 0266-52-1217
- 開館時間
- 9:00~17:00
- 閉館日
- 月曜と祝日の翌日休
「シンビズム -信州ミュージアム・ネットワークが選んだ20人の作家たち-」会期中は開館時間、閉館日が通常と異なっております