SHINBISM | シンビズム | 信州ミュージアム・ネットワークが選んだ作家たち

ARTISTS

  • 《M601 Qf・SHOH《掌》90・Holz-20》2019年
  • 〈Qf・SHOH《掌》90・Holtz〉シリーズ 12点 2009−2018年
  • 《Qfキューブ90 M599/M600》2019年
  • 《M599 Qf・SHOH《掌》90・Holz -17》2018年
  • 《M600 Qf・SHOH《掌》90・Holz -18(背)》2018年
  • 《M362 TA・KOHJINYAMA》2006年
  • 《M436 TA・TARO 2》2011年
  • 《ヤコブの梯子・造形大》2019年

母袋 俊也MOTAI Toshiya

絵画、インスタレーション
母袋 俊也
日本語
ENGLISH

僕はフォーマート(画面の比率)と精神性の相関をテーマに制作してきている。今展では、〈TA〉系と〈Qf〉系が出品される。風景・地形をモデルに描く〈TA〉系2作はプランドローイングとともに展示。ルブリョフの《聖三位一体》、イエスの手、阿弥陀如来の印相をモデルとする〈Qf〉系は、複数の〈Qf〉作品によってイコン壁・イコノスタシスが組立てられ、《Qfキューブ》がインスタレーション展示される。

さて一体「絵画の位置」「絵画の現出する場」とは?

絵画/像は「現実・リアルの世界」と「精神だけの非物質の世界」のこの二つの世界のわずかに重なり合う両義の場に、薄い膜として生成し、精神の世界を背景にリアル、現実の世界に働きかけるのだと僕は考えている。〈Qfキューブ〉が模索しようとするのはその架空の空間性であり、そこでは無数の像が積層され立方体を形成しているのだ。

今回、郷里の山を描いた《TA・TARO》は初めての帰還、美術館の北側ガラス面上で「太郎山」は〈膜窓〉によって切り取られ、二つの「像」は交歓をはたすことになる。

I have been producing my works incorporating a theme of the interrelationship between the format (that is, the dimensions and aspect ratio of a painting) and spirituality, and have systematized them in series: TA (Tachikawa,) Odd-Numbered Link, Vertical, Qf (Quadrat/full or pervasion) and Himmel Bild.At this exhibition, the works of the TA and Qf series are presented. The two pieces of the TA series, which render landscapes and topographies, are cut out by “Vertical Box Windows.” They are exhibited together with their plan drawings. The works of the Qf series, modeled on Andrei Rublev’s icon, “Holy Trinity,” the hands of Jesus and the mudras (palms) of Amitabha Buddha, are exhibited as an installation consisting of the “Qf cube.”By the way, what is “the position of painting” or “the place where painting emerges?”In my opinion, paintings/images emerge as thin films in a place of duality, where “reality, the real world” and the “purely spiritual, non-materialistic world” are slightly overlapped.

They exert influence on the real world, against the spiritual world behind it. What I’m trying to discover in the series of Qf cube is the fictitious spatiality, where innumerable images are accumulated to form a cube. Finally, a wall of icons, iconostasis, composed of multiple numbers of Qf works will be assembled for display on the exhibition walls.

This time, my paintings of TA series, entitled “TA・ TARO,” depicting the mountain of my homeland, return home for the first time for this exhibition. “Mt. Taroyama” will be cut out by the “Film Window・ Taro,” on the north window of the museum. Finally, these two “images” will come together and display their mutual intimacy.

略歴

1954 長野県上田市生まれ
1978 東京造形大学美術学科絵画専攻卒業
1983−1987 フランクフルト美術大学/シュテーデルシューレ R・ヨヒムス教授に学ぶ
1986− 複数パネル絵画様式の展開
1988− 立川にアトリエを定め、制作をはじめる
戸外でのスケッチの再開
1993 東京造形大学専任講師、1994助教授、2000教授
1995 アトリエを立川から藤野に移す
偶数パネル 作品をTA系と命名
1996 奇数パネルでの制作
1999− 野外作品「絵画のための見晴らし小屋」制作
2001− Qf(正方形フォーマート)系の展開
2019 東京造形大学退職、名誉教授
2020 嵯峨美術大学客員教授

おもな作品発表歴

1984 個展「Toshiya MOTAI ZEICHINUNGEN」(ギャラリーヴィレムス/ドイツ)
1990 個展「母袋俊也 絵画・水彩」(ストライプハウス美術館 /東京都)
2003 「第2回大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2003」(新潟県)
2006 個展「風景・窓・絵画アーティストの視点から:母袋俊也の試み」(埼玉県立近代美術館/埼玉県)
2007 個展「母袋俊也〈絵画のための見晴らし小屋〉水平性の絵画〈TA〉の流れ」(辰野美術館/辰野町)
2012 「コレクション×フォーマートの画家 母袋俊也 世界の切り取り方−縦長か横長か、それが問題だ」(青梅市立美術館/東京都)
2014 個展「母袋俊也 絵画《TA・KO MO RO》−《仮構・絵画のための見晴らし小屋KOMORO》」(小諸高原美術館/小諸市)
2017 個展「母袋俊也 Koiga-Kubo 1993/2017そして〈Qf〉」(奈義町現代美術館/岡山)
2019 個展「母袋俊也 浮かぶ像−絵画の位置 退職記念展」 (東京造形大学附属美術館ほか/東京都ほか)
ほか著書・論文多数

STATEMENTステートメント

日本語
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普遍的なものとの出会い

母袋俊也は、作品と平行して考察文や自身の展覧会の記録文を数多く発表している。美術館はしばしば鑑賞の自由を重んじるあまり「解説」というものを嫌うことがあるが、これらのテキストはわれわれ鑑賞者と作品との新たな関係性を提示し、かえって絵画への解釈の可能性が膨大であることを思い知らせる。

母袋は、1954年長野県上田市に生まれ、14年に東京造形大学美術学科絵画専攻に入学。卒業の5年後に渡独し、西ドイツ時代のフランクフルト美術大学で、R・ヨヒムス教授に絵画・美術理論を学んだ。87年までドイツで活動し、その間、講演や個展を開催しながらロシアやヨーロッパ各地をめぐり、日本と西欧の美術におけるフォーマート(絵画の外形、縦横比)の役割に注目する。帰国後は立川のアトリエで制作を開始。東京造形大学の講師となり論考を深めつつ、次々と作品を発表した。この頃の作品群は、偶数連結、余白、横長フォーマートの特徴をもち、TAchikawa(立川)に因んで〈TA〉系と呼ばれるようになった。偶数枚のパネルによって成り立つ絵は中心をもたず、そこに向けられた視線は画面の一点に集中することなく移動し続ける。

対して95年からは、中心性をもつ〈奇数連結〉の作品、続いて正方形フォーマートをもつ〈Qf〉系が展開されていく。Quadrat(正方形)とfull(充満)の語から命名された〈Qf〉系では、垂直・水平の双方において中心をもち、余白はなく、色彩と筆致で充満した画面制作が試みられている。アンドレイ・ルブリョフの《聖三位一体》と阿弥陀如来という信仰の対象をモデルに、鑑賞者の視線が画面上をさまよい続け、外に脱出しない構図だ。縦にも横にも閉じたこの絵画では、驚くことに手前に、鑑賞者に向かって押し出されてくる空間性が模索されている。

今回の展示では、母袋の生まれ育った上田を会場として、太郎山を望む広場に〈絵画のための見晴らし小屋〉系作品である《ヤコブの梯子》が設置される。これは母袋の制作テーマである「絵画におけるフォーマートと精神性」の一翼を担う作品・装置である。展覧会の度に会場に合わせて構想・設置される〈絵画のための見晴らし小屋〉系作品は、特定の景色から風景を矩形に切り取って見る人物の行為を強調し、太古から続く普遍的な像・Bild、つまりわれわれが風景と呼ぶものへの気付きを与える。

同じ題材は、2階展示室に《M436 TA・TARO2》としても展開されている。そこでの太郎山は、コマ割りのようにいくつかの画面に分断されている。ひとつの風景のなかで、コマごとに朝・昼・夕・夜の場面転換を思わせる色彩の変化を見せ、また画面が白飛びしたような余白に山の稜線だけが伸びるカットが交互に配置されている。異時同図法は時の経過を物語る際に使われる古典的な絵画技法であるが、ここで重要なのはたったひとつの太郎山が時間を超越して存在していることであろう。山を見る個々人の地点や時点とは関係なく、その風景は人びとが暮らす平地を懐に悠然と横たわっている。

母袋は、「人が風景を見るだけでなく、風景もまた人を見守っている」といい、幼時を過ごした郷里の山や、さまざまな地にアトリエを構え、そこで生活した際の体感を作品に昇華させる。

風景における視線の双方向性は、母袋がヨーロッパの教会で感じた、イコノスタシス(至聖所と信者の祈祷所を隔てる、イコンで覆われた壁)へ注がれる人びとの視線と、イコンからこちらを見返す聖人のまなざしに重ねて語られている。

そして、それらの視覚体験に基づく《絵画のための見晴らし小屋》や〈TA〉系の構想は、母袋自身が「今後の課題」と呼ぶ〈Qf〉系に受け継がれている。《M436 TA・TARO2》では時間を超越したものは描かれた太郎山であり、〈Qf〉系では絵画の空間自体が鑑賞者に向かってきていた。近代の絵画が風景を絵に還元し、絵を絵たらしめる鑑賞者のあり方を問題にしてきたことに対し、母袋の意識は絵画そのものに向かっている。絵画が私たちを鑑賞者にする、ともいえるだろうか。

理論に裏打ちされた母袋の絵画は整然とした冷静さに満ちているが、決して硬質ではなく、有機的なやわらかさをもっている。三人称的な神の視点ではなく、あくまで風景に見守られながら制作を進めたひとりのアーティストとしての視点がそこにはある。

近代以降、拡張する個人主義によって見るもの聞くものすべてが〝わたくし〟の投影となり、自分すべてを自らで引き受けなければならなくなったわれわれにとって、変わらずこちらを見つめる他者がいることは、それ自体が救いかもしれない。

上田市立美術館 山極 佳子

Encounter with Universality

MOTAI Toshiya is a painter, who continues to produce his works under the theme of “Format (that is, the dimensions and aspect ratio of a painting) and Spirituality in Painting.” The works of the TA series having an oblong format, which he started producing after coming back from studying in Germany, generated the idea of the Qf series having a quadratic format. Both of them developed respectively in their own ways, and question the superiority and universality, which paintings should essentially embrace in themselves.

This time, his work dealing with Mt. Taroyama in Ueda, where MOTAI was born, is on display as well. Just as we view landscapes, the landscapes themselves, which have continued to exist from ancient times, “keep their eyes on us” as well. MOTAI says, this very principle of landscapes is what contemporary painting needs to embrace.

Ueda City Museum of Art Yamagiwa, Yoshiko

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