ARTISTS作家一覧
波多腰彩花HATAKOSHI Ayaka

略歴
1995 | 上田市生まれ |
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2013 | 長野県上田高等学校卒業 |
2016 | チェコ共和国にて滞在制作 |
2017 | 武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科陶磁専攻卒業 |
主な作品発表歴
2015 | 「手しごとのかたち」(GALLERY MOZ ART/東京都) |
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2016 | 「素材のここち」(hygge/東京都) |
2017 | 「porcelainsymposium」(FlexupGallery/チェコ) 「MusashinoArtUniversityGraduationWorks2016」(スパイラルガーデン/東京都) |
2023 | 「セラミック・シナジー展」(京都市京セラ美術館/京都府) 大蔵紗也・波多腰彩花二人展「視点と交点」(ギャルリ朔/東京都) |
2024 | 「まどろみ」(文ヶ学/大分県) 個展「like echo」(Alternative Space yuge/京都府) 国際芸術祭「あいち」地域展開事業「底に触れる現代美術in瀬戸」(松千代館/愛知県) |
2025 | 松塚実佳・波多腰彩花二人展「真昼の343」(ギャルリ朔/東京都) |
おもな受賞歴
2023 | 現代美術文化振興財団 第9期奨学生 |
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2025 | 現代美術文化振興財団 第12期奨学生 |
STATEMENTステートメント
気配のかたち、響きあう場所―波多腰彩花の表現について―
日常生活のなかで、純白を美しいと感じる時は、どのような状況だろうか?
ある人は、色にあふれた景色を一変させる雪とその輝きを思い浮かべるかもしれない。
ある人は、建物のなかにある白い漆喰やタイルなどが、日光に照らされて輝く情景を思い浮かべるかもしれない。
人それぞれ、既に発見したことのある真っ白な情景や物。色彩に囲まれて過ごすゆえに、気にも留めていなかったような物のフォルムや立体感。あるいは、心地よい空気感や、ふとした瞬間に感じる恍惚にも似た意識。
波多腰彩花は、日常のかけらのような形と、われわれが感じ取る気配や心象風景などの形のないものを、白い陶芸として作品にする。それは、人それぞれが持つ白に対するイメージと結びつき、見る人によって感じ方が違う、記号にも似た、余白を持った作品となる。
筆者には、小さな大理石の彫刻、あるいは白磁のように見え、掌にのるサイズでありながら、潔白で崇高なイメージを想起させてくれるところに強く惹かれた。
2023年から取り組んだシリーズ《Fragments of Daily》は、小品の集合体である。たとえば、海に浮かぶ何隻もの舟、スポンジのうえの置かれた石鹸など、物同士の距離感やリズムなどに着目して制作した作品を、好ましい配置によって提示する。シンプルではあるが、研ぎ澄まされた形は、多くの人の印象に残るだろう。
波多腰彩花は、1995年で上田市に生まれた。小学生の頃は、自宅が山のうえにあったことから、長い下校の最中、ゆっくりと坂道を登りながら本を読み、合間に美しい実景を眺めたという。このときの体験は忘れられず、現在でも表現の源のひとつになっているという。
高校では、美術部と合唱部を兼部し、双方に親しむ日々を送った。そして、信州を離れて武蔵野美術大学で学ぶようになってからも合唱は続け、他者と声を合わせることで「響きあう」というイメージを育んでいった。
「小さい頃から歌うことが好きだった。そのなかで合唱と出会い、ひとりで歌うこととは違った、”響きあう”という感覚に出会った。他者と共鳴するとき、わたしはいとも小さくなり、大きなものにいだかれるような心地がした。みなの声が撚られ、うすく透明な布を丹念に織り上げるように詩がうたわれる、その響きの先にはいつも広くひらけた場所があった。その時わたしは、海を駆ける風や、異国の草原の匂い、神の御許に射す光さえ、この身のうちに確かに感じることができた。(以下略)」と、2024年の個展「like echo」ステイトメントで語っている。
そして次第に、形や物の関係性から、そこから発せられる空気そのものへと興味を移してゆく。同年の「遠い声」では、作品を空気を捉えて内包する「膜」のようなものだと考えて、コンポジションを前面に出した作品とは異なる新たなフォルムへ変化させ、現在も創作に向かっている。
制作技法としては手びねりで中空構造を作ったのち表面に小さな孔をあけている。それらは焼成する際の割れ防止でもあり、内と外をつなぐ空気の出入り口であるという。表面の仕上げも、瑪瑙(メノウ)で磨くなどして、艶で繊細な輝きを加えるため丁寧に行っている。
また、タイトルは作品と言葉を用いて、まるで星座を作るようにそれらが結ばれた時に見えてくるものを意識しつつ付けるのだという。そして選ばれた言葉は、作品と響きあいながら独特な世界感を醸し出す。
このように綿密なコントロールのもとで工夫を凝らして作品は生まれており、そのことが強い存在感を与えているのではないだろうかと想像する。仮に、絵画や彫刻でも、気配や心象風景・記憶や匂いといった眼には見えないものを表現することは難しいと感じるが、波多腰は白い陶で表現しようとしており、その着眼と、表現への強い思いには、胸を打たれる。
では、なぜ白一色の表現なのだろうか。今回、そのきっかけを尋ねてみた。すると「まっさらなところからからはじめたかったからだと思う」と、ストイックな答えが返ってきた。
現在、波多腰が新たに取り組んでいるのは、薄い布を使って空間を覆ったり、御簾のようにして作品を囲い、その奥で作品を見せるというインスタレーションである。2024年秋に愛知県瀬戸市の旧旅館などで開催された展覧会、国際芸術祭あいち地域展開事業「底に触れる 現代美術in瀬戸」において初めて試みられ、木造建築の内部に、鑑賞者が疑似的に作品の内と外を行き来できるような体験ができる空間を作り出したという。
それが、今回の2025年の「シンビズム6」木祖村会場となっている旧藤屋旅館では、どのようなインスタレーションへと発展するのか、大いに期待したいと思う。
木曽ミュージアムサポート 伊藤 幸穂
スポンジの上に置かれた石鹸、向かい合う椅子、海に浮かぶ何隻もの船など、普段の生活のなかで目にするもの同士の関係性から心地よいリズムが生まれていることがあります。《FragmentsofDaily》はそれらから着想した作品です。そして、日常の観察を続けるなかで、そこに生まれる空気や呼び起こされる記憶へと関心は移っていきました。
作品は陶芸の一般的な技法である手捻りで制作し、中空構造になっています。土の膜を立ちあげ、空白を内包させるとき、空気、匂い、記憶、そのなかにある穏やかさ──目に見えないけれど確かに存在するもの、それらに皮膚を与えるような感覚があります。また、その表面には植物の気孔のような小さな穴を連続して開けており、内外でゆるやかに空気の交換が行われ続けています。そして、その境界を慎重に探るとき、それらの透明な存在は絶えず私たちのなかで息づいていることを感じるのです。
Sometimes, I notice that a comfortable rhythm is created by the relationship between things we see in our daily lives, such as soap on a sponge, chairs facing each other, many ships floating on the sea, etc. “Fragment of Daily,” my work, is inspired by them. While continuing observation of daily life, my interest shifted to the atmosphere that is created there and the memories evoked by them.
My works with a hollow structure are created through hand-building, an ordinary technique of pottery. When I build up the hollow structure by raising a thin film of soil, I have the sensation of giving skin to things, such as the air, smells, memories and the calm they contain – something that is invisible but definitely exists. In addition, its surface has a series of tiny holes like plant stomata and there is a gentle and continuous exchange of air inside and out. Moreover, when I carefully explore the boundary between them, I feel that these transparent beings are constantly living within us.