SHINBISM6 | シンビズム6 | 信州ミュージアム・ネットワークが選んだ作家たち

ARTISTS

  • 細萱航平≪こもれび(かつて) ≫
    《こもれび(かつて)》2025年〜
  • 《星を浮かべる》2020年〜
    《星を浮かべる》2020年〜

細萱航平HOSOGAYA Kohei

彫刻・インスタレーション
細萱航平
日本語
ENGLISH

私は澄んだ自然景に囲まれて育ちました。大地、空、宇宙と、それらの間を満たす透明は、果てしない時間と空間がかたちをとったもののように感じられます。私は、私たちがこのような遥かな時空間を感得することについて、彫刻と地質学の両方を通じて考えてきました。
数億年も前の地球環境を語る地質学者の言葉には、人間の時空間スケールをはるかに超えた、超越的な響きがあります。ヒトが現れる前の、私たちが原理的に語り継ぐことのできない過去の風景を、彼らのまなざしは見透かします。地質学者は、そのような遥か遠くの時代のことをdeeptimeと呼びます。私は、私たちがその深度まで潜る方法を知りたいのです。
彫刻家の手法と地質学者の手法を行き来しながら、実際のモノとの関わりを通じて時間と空間を思索します。彫刻と地質の臨界に立ちあがる表象は、途方もない距離で隔てられている時空を今において感覚するための手掛かりになるのではないかと思います。

I grew up surrounded by clear natural scenery. The ground, the sky, the universe and the transparency that fills the space among them seem to be the embodiment of endless time and infinite space. Through both sculpture and geology, I have been thinking about our way of perceiving such surprisingly distant space-time.
There is a transcendent ring in the words of geologists describing the earth’s environment hundreds of millions of years ago because it is far beyond the human spatio-temporal scale. Their gaze reveals a landscape before the appearance of humans that we cannot narrate in principle. Geologists refer to such far-off times as DEEP TIME. My hope is to know how we dive to that depth.
Moving back and forth between the methods of the sculptors and those of the geologists, I try to contemplate time and space through the relationship with actual objects. The representations that emerge at the juncture of sculpture and geology could provide a clue to sense time and space separated by tremendous distances.
《sphere》2023年〜

略歴

1992 長野県茅野市生まれ、佐久市で育つ
2020 広島市立大学大学院芸術学研究科博士後期課程総合 造形芸術専攻修了
現在 東北大学大学院理学研究科地学専攻博士後期課程 在籍

主な作品発表歴

2020 「Tasty Sculpture−広島市立大学芸術学部若手作家 彫刻展−」(はつかいち美術ギャラリー/広島県)
2021 個展「うつる/やどる」(中本誠司現代美術館/宮城県)
2022 個展「しみる/たたずむ」(中本誠司現代美術館/宮城 県)
2023 個展「トライアル・ギャラリー2 0 2 3」(長野県伊那文 化会館/伊那市)
2024 「リ/フレーミング−美術におけるフレームの再考」(合 人 社 ウ ェ ン デ ィ ひ と ・ ま ち プ ラ ザ / 広 島 県 )、「 水 の 不 在 」(N - ov a l 音 楽 サ ロン/ 宮 城 県 )、「内 側 か ら 触 れ る 風景」(gallery G /広島県)

キュレーション

2019 「災禍とモノと物語り展」(広島市立大学芸術資料館/ 広島県)
2023 「川内地域の地質の表象」(青葉の風テラス/宮城県)
2024 「積層30−広島市立大学の教員・卒業生作品を泉美術館のコレクションとともに−」(泉美術館/広島県)

発表

2025 「地質学と美術の臨界を探る展示手法の観点から」(日本地球惑星科学連合2025年大会/千葉県)

STATEMENTステートメント

風景の裏側にある「deep time」へと潜る

細萱航平の作品には、たびたび石や地層といった素材が使われるが、一見するとそれらの素材とは分からないような見た目をしている。《星を浮かべる》(2020−)は、岩石をプレパラートに貼り付け、厚み数10μmまで薄くした「岩石薄片」を使った作品である。この岩石薄片を偏光板2枚で挟み込み顕微鏡などで観察した際、石に含まれる鉱物の粒に偏光を透過させることで得られるイメージ(偏光観察法)を投影するのである。われわれにとって遥か遠い存在である夜空の星や宇宙を、身近な自然風景のなかにある石で表現するという発想はどこから来るのだろうか。

長野県の自然に親しんで育った細萱は、もともと自然科学に興味があり、大学は地学系の学部に進んだ。在学中は美術部に入り活動をするなど、モノづくりへの関心も大きく、大学院では彫刻を学んだ。私が細萱の作品に出会ったのは、2023年に長野県伊那文化会館で開催された若手作家公募個展「トライアル・ギャラリー2023」の会場であったが、彼の作品はこの経歴に裏付けされたものであるのだと、いたく納得した記憶がある。

《sphere》(2023−)もまた、地質学の研究手法を取り入れた作品制作の例である。

地質学や考古学では、岩石や地層が露出した「露頭」を剥ぎ取って試料とするが、本作はフィールドでみつけた露頭をその場で球面状に彫刻し、剥ぎ取ったものである。圧倒的な質量を持った時空間の結晶たる地層に彫刻という行為が介入し、もとの場所から切り離されたまったく別の場所へと置かれたとき、「地層」は地質学という枠から解き放たれ、純粋な「モノ」として見る者の前に表れる。

細萱の経歴についてもうひとつ特筆すべき点がある。彼は展覧会に作品を出品する側の作家でありながら、展覧会を企画するキュレーターでもある。2019年に広島市立大学の芸術資料館で開催された「災禍とモノと物語り展」を皮切りに、近年もキュレーションを通したプロジェクトを展開している。「災禍とモノと物語り展」では、石碑や遺構、ランドマークといったモニュメント性のある存在を通じて、災禍の記憶を伝えることをテーマとした。この「モニュメント性」というものもまた細萱にとって大きな興味対象のひとつであり、《Voyager》(2018・2020)などの作品制作においても、その研究が反映されている。

「地質学」と「モニュメント」、このふたつのなかで共通しているキーワードは「過去」である。われわれが経験外の過去の事柄について想起したり、理解したつもりでいるとき、その実、それらにまつわる知識や伝承などを知っているに留まり、過去そのものを知覚しているとは言い難い。地質学では、人間の時間スケールよりも遥かに大きな地質学的事象の時間スケールのことを「deep time(ディープ・タイム)」と呼ぶ。われわれは、その圧倒的な質量を持った時空間の表面部分のみを日常風景として見ている。細萱は制作と作品を通して、自身や鑑賞者が経験し得ない「過去」つまりは「deep time」の深部を知覚し、感得する方法を探っているのではないだろうか。
細萱は、彫刻家として「モノを置くことで空間をつくる」ことを意識したインスタレーションにも近い作品を発表しているが、近年は「モノや素材はそのままで、見せ方と空間の組み合わせから生まれる不思議な世界をつくる」ことへと制作の意識が展開しているという。

「つまりあらゆるモノや所作、動作からカテゴライズを外していく。慣れや先入観を外していく。こういったことは芸術家の仕事だと思います。例えば椅子について、通常無いような場所に通常ではない格好で椅子が置かれていた場合、たぶん一瞬椅子に見えないんです。そのときに我々は初めて椅子という先入観を除いた生のモノと向き合えると思うのです。そうなったときにどんな出会いがあるか、どんな感覚が生まれるかというところに意識を向けています。私が地質学の所作を制作に取り込んでいるのもそういう意味合いでやっています。」

「地質学」は一般的に科学に分類されるものであるが、細萱が地質学と芸術という異なる分野を掛け合わせた制作を続けるのは、決して自身の経歴による成り行きなどではない。鑑賞者に新しい発見や気づきを提供するという、モノをつくる人間としての責任を果たすために選択した「必然」なのである。今後もつくられていくであろう細萱の新しい作品世界は、日常風景の裏側にある「deep time」のより深いところまで、われわれを連れて行ってくれるのではないかと期待している。

  • 信州art walk repo 「File.21 細萱航平さん(インスタレーション・空間芸術)インタビュー」
    (2024、https://note.com/art_walk_repo/n/n2f88d2e02855)

高遠町公民館 小松 由以

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