SHINBISM | シンビズム | 信州ミュージアム・ネットワークが選んだ作家たち

ARTISTS

  • 《藤守の田遊び(静岡県焼津市)》2014年
  • 《銀鏡神楽(宮崎県西都市)》2014 年
  • 《御柱祭(長野県諏訪地方)》2016 年
  • 《和合の念仏踊り(長野県阿南町)》2013年

小林 紀晴KOBAYASHI Kisei

写真
小林 紀晴
日本語
ENGLISH

2013年から6年ほどのあいだに日本全国に40ほどの祭事、祭祀などを巡った。古くから伝承されているそれらの多くは闇のなかで行われることが多く、夜通し行われるものもめずらしくない。その場に身を置いていると必ず不思議な感覚に襲われていった。

目の前の人や風景、光景がにわかに、あるいは突然に裏返ってゆくのだ。現世と異界が激しく反転を繰り返す。時間と空間がねじれ、絡まってゆくかのように感じられた。1000年前の隣にいまが、あるいは100年後の未来の隣に100年前の光景が接している。

やがて参加している人たちがマレビトへと姿をかえる瞬間、闇に亀裂が生じ、私は異界へと吸い込まれる。そして、ぷっくりと生まれ出でたものを目撃した。

From 2013, I had visited around forty festivals, rituals, etc., for about six years. Most of them, which are bequeathed to us from ancient times, are usually held in darkness, sometimes, even overnight. When I put myself in such places, I was always constantly reminded of a strange feeling.

People, views and spectacles in front of me, suddenly and abruptly, inverted. This world and the other world repeat, reversely and violently. I felt as if time and space were twisting and twining with each other: spectacles of 1,000 years ago and the present time, seemed to adjoin, or a futuristic image of 100 years ahead juxtaposed with a spectacle of 100 years past.

At a moment when participants transform themselves to Marebitos, meaning visitors from afar, joy-bringing spirits from the divine realms, darkness cracks, and I get sucked into another world.

There, I witnessed something chubby, which was born before my eyes.

略歴

1968 長野県茅野市生まれ
1988 東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業
1991 新聞社勤務後、独立
アジアを中心に作品を制作
2000−2002 渡米(ニューヨーク)
現在 東京工芸大学芸術学部写真学科教授
ニッコールクラブ顧問

おもな作品発表歴

主な個展

2003 「White Panic」(新宿ニコンサロン/東京都)
2012 「遠くから来た舟」(キャノンギャラリーS /東京都)
2013 「kemonomichi」(銀座ニコンサロン/東京都) 、「素と源流」(小海町高原美術館/小海町) 、「山人の記憶−kemonomichi / yabu−」(八ヶ岳美術館/原村)
2014 「ring wandering 悲しき迷走」(銀座ニコンサロン/ 東京都)
2016 「伝来/消滅」(銀座ニコンサロン/東京都)
2018 「鶴田真由×小林紀晴写真展 Silence of India」(茅野市美術館/茅野市)
2019 「孵化する夜の啼き声」(銀座ニコンサロン/東京都)

おもな受賞歴

1997 日本写真協会賞新人賞受賞
2013 第22回林忠彦賞受賞

おもな著作

『ASIAN JAPANESE』(情報センター出版局)、『DAYS ASIA』(情報センター出版局)、『アジアロード』(講談社)、『homeland』(NTT出版)、『写真学生』(集英社)、『遠い国』(新潮社)、『東京装置』(幻冬舎)、『days new york』(平凡社)、『旅をすること』(エレファントパブリッシング)、『最後の夏1991』(バジリコ)、『写真展に、行ってきました。』(平凡社)、『父の感触』(文藝春秋)、『十七歳』(日本放送出版協会)、『はなはねに』(情報センター出版局)、『昨日みたバスに乗って』(講談社)、『Kemonomichi』(冬青社)、『ニッポンの奇祭』(講談社)、『見知らぬ記憶』(平凡社)、『愛のかたち』(河出書房新社)、『まばゆい残像』(産業編集センター)、『孵化する夜の啼き声』(赤々舎)など多数

STATEMENTステートメント

日本語
ENGLISH

時空の重なりを撮る

写真家・小林紀晴は、約1200年の歴史を持つといわれる日本の三大奇祭のひとつ、御柱祭の伝わる諏訪地域に育った。高校卒業後は写真学校に通うため上京するが、数えで7年ごとに開かれるこの祭りは小林の人生の節目節目にやってきており、過去を思い出す際の軸に自然となっている。

20代の頃の小林は海外に目が向いておりアジアを多く旅した。その土地の風景にカメラを向けるなかで土地に根ざしたものと出会うたびに、土着的なものが自分のなかに染みついていることを再確認した。帰国後、東京の街並みや人びとなどを撮影し、そして、諏訪に視線を向けた。

小林が本格的に御柱祭の撮影をはじめたのは30歳のときである。御柱祭を出発として、2003−2004年頃から少しずつ全国の祭事、祭祀などを撮るようになり、ここ6年ほどで日本全国の40ほどの祭りを巡って撮影している。祭りの撮影をはじめた最初の頃は、御柱祭以外の祭りをどのように撮影したら良いか、なかなかつかめなかったという。だが、御柱祭を撮影するなかで大きなヒントを得る。

普段は物静かな印象のある諏訪の人びとが、祭りのある期間だけ感情を高ぶらせて、祭りに熱狂することが幼い頃から気になっていた。それは御柱祭が「7年に一度だけ八ヶ岳の奥から現れる山岳民族の宴」と考えると納得がいき、「カメラのファインダー越しに遠く縄文から連なる古層の人びとの姿を、まざまざと感じられる瞬間」があったというのだ。

小林は「写真は本来、目の前で起きたことを、いましか撮れない。昨日のことも一年前の出来事も、未来も、そして自分が身を置いていない限り絶対に撮れない。そんな当たり前の原則の上に成り立っている。それが突然、崩れた」とし、「過去も写真に写せる」はずだと感じる。「本来撮れるはずのない古層を祭りを通して撮る」という姿勢。「祭りのときだけ顔を見せる遠い過去の人の姿や、所作、声、想いといったものを目撃したい」という思いがそこにはある。

近年の展覧会では、祭りの写真とそれぞれの土地の自然風景、街並み、人びとが生活を営む姿などの日常の写真が織り交ぜられ、作品の一部は部分的に重なるように展示されている。坂を勢いよく滑り落ちる御柱、その綱を引く人びとの様子。祭り装束に身を包み暗闇のなかで踊りに興じる若者たち、燃え上がる火を一心に見つめる人びとの姿。そして、子どもたちの遊ぶ姿、大人たちが農作業をする姿、バスが道を行く風景。「祭り」と「日常」の写真が織り交ざると、何気ない日常を写した作品からも、祭りの写真にあるように時間や空間が変容しているかのような感覚を覚える。日常的な風景のなかにも異なる時間、空間が層のように重なっているかのように感じられるのである。小林の写真は写しとられた場の時間と空間が、遠い過去から続く時間の集積として、とどまることなく変化しているということを、私たち鑑賞者へ伝えているのではないだろうか。

茅野市美術館 中田 麻衣子

Photographing Layers of Time and Space

KOBAYASHI Kisei grew up in the Suwa Region of Nagano Prefecture, where the Onbashira Festival, said to have a history of over 1,200 years, is held. While photographing the festival, he feels there are moments when he senses the existence of people from the distant past through his camera finder. His stance on his work is to “capture layers of time and space through festivals, which is, in reality, impossible.” At recent exhibitions, his shots of festivals and everyday lives are displayed together, and some of his photos are displayed partially overlapping each other. Regardless of whether he shoots festivals or day-to-day activities, he is perhaps trying to tell us the times and spaces he captures accumulate from the ancient past and are constantly changing.

Chino City Museum of Art Nakada, Maiko

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