SHINBISM | シンビズム | 信州ミュージアム・ネットワークが選んだ作家たち

ARTISTS

  • 《1000の面》2017年
  • 《あなたにとって虚構でも、それは私の上に実存するもの(正面)》2015年
  • 《あなたにとって虚構でも、それは私の上に実存するもの(裏)》2015年
  • 《画布のステージ》2015年
  • 《frames》2015年
  • 《ヴァニタスの側面》2016年
  • 《壁》2016年
  • 《平面の静物画1》2016年

ムカイヤマ達也MUKAIYAMA Tatsuya

絵画・インスタレーション
ムカイヤマ達也
日本語
ENGLISH

「自分固有の経験とは何か?」を考察する時に、美術は有効な体験を与えてくれる。それが美術を〝作る〟体験にせよ〝見る〟体験にせよ。

つまり、人の選択はその人の自由意志による選択なのか、それとも〝隠れたカリキュラム〟のように社会が暗に強制してきた規定などによって選ばされた結果の選択なのか、それらを知りたいと思った時、その時代の美術への接触が役に立つ。

僕が現代美術のメディア(特に絵画の制度)を用いて考え直したいと努めていることは、まさに現代における「個人の固有の経験」と「社会の制度」の関係。絵の具の筆致が持つ身体性、作家の制御を超えてくる絵の具が〝混ざる〟という現象、絵画の持つ枠のシステム、絵画の虚構性、作家という作品内権力が決めるコンセプトという名の規則、等々を活用した作品装置を提示する。

When you examine “what is your intrinsic experience,” fine arts give you an effectual experience, even if it is the experience of “producing works of art” or the experience of only “seeing them”
In short, when you wish to know if your choice is made out of your own free will, or based on impelled regulations which our society compels, implicitly, like a “hidden curriculum,” exposing yourself to the fine arts of your relevant time is useful.
What I’m trying to reconsider by using media of contemporary art, especially my system of painting, is the relationship between the “individual’s intrinsic experience” and the “social system.” Here, I would like to present a work of “device,” incorporating the physicality of the brush strokes in painting, the phenomenon in which paints are mixed beyond artist’s control, the frame system of painting, the fictionality of painting, as well as the regulations, which could be called concept decided by the artist as an authority over his works, and so on.

略歴

1978 長野県伊那市生まれ
2007− 独学

おもな作品発表歴

2008 「東京コンテンポラリーアートフェア」(東美アートフォーラム/東京都)、「Light and You on Canvas」(The Artcomplex Center of Tokyo /東京都)
2009 「トーキョーワンダーウォール賞展2009」(東京都現代美術館/東京都)、「拝啓、ワールドホール」(Bunkyo Art/東京都)、「アートフェア東京2009」(東京国際フォーラム/東京都)
2010 「トーキョーワンダーウォール賞展2010」(東京都現代美術館/東京都)
2012 「トーキョーワンダーウォール賞展 2012」(東京都現代美術館/東京都)
2013 「損保ジャパン美術賞展2013」(損保ジャパン東郷青児美術館/東京都)、「第3回Dアートビエンナーレ」(ダイテックサカエビル/愛知県)
2015 「高遠エフェクト」(信州高遠美術館/伊那市)、「画布を分つと二つになる」(Art TRACE gallery/東京都)
2016 「絵画検討会2016」(TURNRE GALLERY/東京都)
2017 「Double Line」(Neon Gallery/ヴロツワフ・ポーラ ンド)、「私たちは枠の外にいたことがない」展(長野県伊那文化会館/伊那市)、「プロジェクト絵画と嘘の積分」展(awai art center/ 松本市)
2018 「Limited Vision JP Edition 02 Rationing and disruption」( 3331 Arts Chiyoda /東京都)、「Limited Vision PL Edition」(National Forum of Music Wroclaw /ヴロツワフ・ポーランド)、「乱離情景」展(アンフォルメル中川村美術館/中川村) ほか多数

おもな受賞歴

2009・10・12 トーキョーワンダーウォール入選
2013 第3回Dアートビエンナーレ入選、損保ジャパン美術賞 FACE 2013 入選

おもな助成金受給歴

2017 アーツカウンシル東京 東京芸術文化創造発信助成

STATEMENTステートメント

日本語
ENGLISH

絵画を成り立たせるもの その境界線を綱渡りし続ける

ムカイヤマ達也は、1978年、長野県伊那市に生まれた。大学卒業後、デザイン会社勤めを経て、2007年より独学で、おもに絵画や、絵画を用いたインスタレーション作品を制作し、発表している。もともとは鑑賞者として美術の造詣を深めてきたという彼が、作り手である美術家として活動をはじめたのは、ごく自然な流れといえる。

ムカイヤマにとって「絵画を制作する」という行為は、現在の社会や状況、それらの構造といった実体のないものを可視化し、読み解くための有用な手段であるという。その制作や作品の根底に共通しているものは、「価値観が固定化されることへの反発」である。彼が制作をする上で、美術の古典的な形式である「絵画」をあえて選択している理由はここにある。

ムカイヤマにとっての絵画とは、社会や、そこに生きるわれわれに起こり得るさまざまな現象にアクセスするための手段であると同時に、存在そのものを疑い続ける対象でもある。絵画が成り立つための条件を常に再考し、その境界線の上を綱渡りし続ける。自身が立っている曖昧な現実世界の中で、さも不動であるかのように振る舞う全てのもの、その不自然さに対して疑念を示し続ける。それが、彼の絵画制作に対する姿勢である。

《あなたにとって虚構でも、それは私の上に実存するもの》(2015年)は、絵画と立体物で構成されるインスタレーション作品である。画中に描かれているイーゼルやキャンバスなどは、立体物と同じ物のように思える。そこで、立体物を絵画のモチーフとして解釈してみると、絵画と同じ空間にモチーフが置かれているという状況に対して違和感を覚える。鑑賞を深めるほどに、リアリティの所在が曖昧になっていくような、そんな感覚になる。

ここで、ムカイヤマの制作と作品の特徴を取り上げるためにも、本作の制作プロセスの大筋を紹介したいと思う。

まずは、設計用のモデリングソフトで設計図を描くようにドローイングをして、モチーフのかたちを作り、それをキャンバスに描く。描く工程では、マスキングテープでキャンバスを部分的に覆い、左官のコテやペインティングナイフなどを使って、マスキングテープの枠の中に絵の具を全て収めるという行為を繰り返し、画面を作っていく。そして、キャンバス素材を使って、立体物として物質化する。

モデリングソフトで作られた虚構のモチーフを、キャンバスと立体の間で行き来させることで制作された「絵画」と「立体物」。これらを通して見えてきたのは、鑑賞者である自分自身が、この作品や、ひいては絵画というものをどのように見ているか、ということだ。絵画は、三次元にあるモチーフを二次元に落とし込んで描くというのが一般的だが、ムカイヤマの場合は、三次元に存在しないモチーフを、現実のように描くのである。モデリングソフトを使ったドローイングなど、デジタル手法を制作プロセスに組み込み、まるでトロンプ・ルイユ(だまし絵)のように、現実と虚構の境界を作ることの疑わしさを鑑賞者に提示する。

「私が、絵画というメディアを使ってやりたいと思うのは、例えば前提のようなものを共有していない者同士が、どうしたらコミュニケーションできるのか、対話が成り立つのか、ということです。」※1

絵画は、人それぞれが持つ、異なる「環世界」を共有するための装置に成り得る、とムカイヤマは言う。「環世界(環境世界)」とは、生物学者のヤーコプ・フォン・ユクスキュル(1864~1944)が提唱した概念である。すべての生物は、それぞれ種特有の知覚世界を持って生きており、それを主体として行動している、という考え方のことを指す。たとえば「マダニ」というダニの一種は、嗅覚、触覚、温度感覚のみで、獲物となる哺乳動物を感知することによって身体を動かし、その作用の結果として、獲物の生き血にありつく。マダニにとっては、獲物の臭いと体温、皮膚の触覚、それらを知覚することによって起こされるいくつかの行動だけが、世界のすべてである、というものだ。

それぞれの生物は、独自の環世界の中で生きており、環境をどのように認識しているかによって、見えている世界がまったく違う。この環世界の考え方は、われわれの実生活においても当てはめて見ることができる。同じ物事であっても、人によって感じ方がまったく異なる、ということを実感する場面は、往々にしてある。

われわれは、「ムカイヤマが持つ環世界」を可視化した「絵画」という装置を通して、彼の環世界を共有するとともに、自分自身の知覚や、体験から成る価値観の信憑性と改めて向き合うことになるのである。

  • 1『絵画検討会2016 記録と考察、はじめの発言』(アートダイバー、 2017年)

信州高遠美術館 小松 由以

Things that establish painting −
His continuation of production on the edge

MUKAIYAMA Tatsuya, who continues producing works as a self-taught painter since 2007, mainly produces paintings and works of installation incorporating paintings. He visualizes the contemporary social structure and its situation which he himself views by way of replacing them with materials of works of art. Moreover, by incorporating digital technique into the production process, such as creating drawings with modeling software, he creates various “reversed conditions” in his works. By experiencing his theory and works born from his philosophy, we will face, once again, our perception and credibility of our sense of value formed by our own experiences.

Takato Museum of Arts Komatsu, Yui

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