SHINBISM6 | シンビズム6 | 信州ミュージアム・ネットワークが選んだ作家たち

ARTISTS

  • 小川格≪網膜ゴッコ(いつかの夜)/Retinal Players(One Of Those Nights)≫
    《網膜ゴッコ(いつかの夜)/Retinal Players(One Of Those Nights)》2024年
  • 《水中月光/Underwater Moonlight》2023年
    《水中月光/Underwater Moonlight》2023年

小川格OGAWA Itaru

絵画
小川格
日本語
ENGLISH

「あなたの絵は。初めて視ると幸せ。
二度目に視ると奇妙。三度目に視ると、かなしい」

四半世紀前のアントワープの個展会場で、高校生くらいの少女が私の絵を観て伝えてくれた、忘れ得ぬ言葉。聞いた刹那の我が心象と情景とが、今でも鮮明に蘇る。
長閑な日曜日の午後の、青天の霹靂。心の輪郭は崩壊し、
深刻な傷状の感動が残された。私が今でも「作者/作品ぎょう/鑑賞者」それぞれ対等な距離を信じる理由は、この僥
こう倖なる体験ゆえだ。ときに鑑賞者の感想は作者へも峻烈
な影響を与える。左様に、鑑賞もまたひとつの表現なのだ。
ソフィーと名乗った薄蒼眼の少女は、今ではきっとすっか
かんがり大人になって、世界のどこかでのんびり閑雅なあくび
でもしているだろうか。極東の絵描きの心深くに鳴り続ける残響のことなどつゆ知らずに。

Your paintings make me happy the first time I view them,
strange, the second time, and sad, the third time.” These are unforgettable words that a girl around the age of a junior high school student said to me, when she was viewing my paintings at the venue of my solo exhibition in Antwerpen about a quarter century ago. My feelings and the scene from that moment I heard these words come vividly to my mind even now.
It was a bolt from the blue in an idyllic Sunday afternoon. The outline of my heart had collapsed and the impressions were left behind like serious scars. The reason I believe in the importance of maintaining an equal distance among “an artist, a work of art and a viewer” from each other, is a result of this “fortunate experience.” Sometimes, a viewer’s impression exerts a significant influence on an artist. Thus, appreciation is another form of expression.
I think the girl with pale blue eyes, who called herself Sophie, might be a grown-up now, and yawning relaxedly somewhere in the world, ··· without knowing the echoes at all that continue to ring deep in the mind of a painter from Far East.

略歴

1969 東京都生まれ
1997 ベルギー王立アントワープ芸術アカデミー修了
2002− 長野県茅野市在住、展示活動のほかグループ展やアート・プロジェクトの企画、小中学校への出張授業、ワークショップ、絵画教室なども実践

主な作品発表歴

2012 「Yours, and Mineアナタノモノ、ワタシノモノト」(アー トラボあいち/愛知県)
2014 「いろのしずく、いみのあぶく」( 八ヶ岳美術館/原村)
2015 「テトリス・ハイ」(Art Center Ongoing /東京都)
2017 「96粒涙滴」(ギャラリーあまの/山梨県)
2018 「中洲小学校+小川格−カラッポからはじめて−」(諏訪市美術館/諏訪市)
2019 「ぼくの好きな先生(方)」(ArtCenterOngoing/東京都)
2020 「メイメイアート・オンライン(」長野県「頑張るアーティスト応援事業」/Web)
2022 「リヴァーブ(反響)」(ギャルリイグレグ八ヶ岳/山梨県)
2023 「水中月光」(Art&Hotel木ノ離/岐阜県)
2024 「いつかの夜」(ギャラリーあまの/山梨県)

グループ展
(★:小川格企画提案)

2015、2017、2019、2025 ★「メイメイアートVol.1〜 Vol. 4」(茅野市美術館/茅野市)
2016 「DUIKBOOT(潜水艦)」(DeLangeZaalKASKA/ ベルギー)
2021、2017 ★「ギャラリー・バードハウスVol.1、Vol.2(」茅野市5つのミュージアム/茅野市)
2018 ★「メイメイアートinジョグジャ」(ACE HOUSE COLECTIVE /インドネシア)
2019 「Internal Workshop of Painters Symposium of Local Cultures」/ポーランド)
2020 ★「イナイナイアート」(茅野市美術館/茅野市)
2022 「大地の芸術祭越後妻有トリエンナーレ2022」(Ongoing Collectiveとして、三省ハウス/新潟県)
2023 「And Again」(諏訪市美術館/諏訪市)
2024 「San Francisco Art Fair」(Fort Mason Festival Pavilion /アメリカ)

STATEMENTステートメント

《エンプティネス(空っぽ)》からはじまる―小川格

無数にきらめく光の筋のようなもの、淡い優しい色合いで描かれる物体のようなもの。それらは、さわやかな風のなかを浮遊しているようにも、海のなかや薄暗い空を漂っているようにも感じられる。あれこれと想像をめぐらしていると、だんだんひとりで鑑賞するだけではもったいない気持ちになり、誰かと話しながら鑑賞したくなるのが、小川格の作品の魅力のひとつだと私は感じている。小川の《実存ゴッコ》シリーズ、《網膜ゴッコ》シリーズと呼ばれる作品群は、「ゴッコ」という言葉に表れているように真似をするという意味が含まれている。そのことによって生まれる余白が鑑賞の幅を生み出しているように思う。

画家・小川格は1969年、東京都に生まれた。2002年より長野県茅野市に拠点を移し、国内外問わず、個展やグループ展、プロジェクトの企画、小中学校への出張授業、ワークショップなど精力的に活動を展開している画家である。幼少期から絵を描くのが好きであり、絵は小川にとって対等に向きあえる存在であった。父親は長野県の南木曽町妻籠宿の出身で、小学生のころ夏休みはよく妻籠宿で過ごした。家の裏を流れる川で遊んだり、昆虫を採りに出かけたりなど、そのころのことは今でも鮮明に覚えており、とても大切な思い出だという。中学生のころから美術の道に進むことを意識し、武蔵野美術学園に進学。その後、ベルギー王立アントワープ芸術アカデミーへ留学した。ベルギーへの留学について「当時、ペインティングが復活してきた時期だったので絵画の最前線を見ることができたことや、古典から現代作家の作品まで本物の作品を見ることができたことは刺激となった」※1と小川は振り返っている。

小川は、〝エンプティネス(空っぽ)〟をテーマに制作を続けている。テーマとした当初は、〝エンプティネス(空っぽ)〟を否定的なイメージで捉えていた。「現代社会のなかで私たちは、すごい量の情報に囲まれて生きており、情報を知ることで発生する欲望がたくさんある。その欲望は永遠に満たされることはなく、どんどん膨らんでいく感覚があった。それは空虚さが広がっていく感覚」※2と小川はいう。その考えが変化したのは、子どもの誕生がきっかけだった。小川は「赤ちゃんも〝エンプティネス〟だが、それは否定的なイメージのものではない。赤ちゃんは生きていくためにどんどん周囲の情報を取り込んでいかなきゃいけない。それは、希望にあふれた〝エンプティネス〟。それから、〝エンプティネス〟には、否定的な現代社会の批判の意味を込められるし、効果的なポジティブな器みたいな意味合いでも扱えることを発見し、両方の意味で描くようになりました」※2と語る。さらに、「真っ白いキャンバスは〝エンプティネス〟だと思う。絵具をのせていくことがそこにイリュージョンを作ることになる。みせかけの奥行。それは、絵画特有のものだと思う」※2という。

鑑賞者が作品を鑑賞する入り口として、色彩にはとくに気を遣っている。「色がきれいなのは、鑑賞する入り口としていいと考えている。作者は作品に対しての一人目の鑑賞者であり、自分にとってこの作品を発表するに値するかの判断基準に色がひとつの要素になっているように思う」※1という小川の言葉に、作風が多彩に変化するにもかかわらず、色彩の豊かさが失われない理由が感じられる。小川はペットボトルのキャップを数珠状につなげたものを屋内外に設置するようなインスタレーションも手掛けるが、そういった作品も絵画作品の延長にあると考えているという。小川は、自分のなかに浮かぶイメージから制作をしていくことが多いが、ときには展示空間の要素を作品に取り込んだり、さまざまな作家の作品の要素を参考にしたりすることもある。さらに「アートは無意識が大切で、自分がコントロールできる以上のものを取り入れることができればと思っている」※2と語る。

一方、小川は作者・作品・鑑賞者の三者を独立した存在と考えており、作者の言葉が鑑賞者にとっての感想を狭めるものになってほしくないと考えている。小学生との対話鑑賞の授業でも、小川は「絵はこう見ないといけないということはなくて、みんなそれぞれの見え方が正解だと思う」※3と子どもたちに語りかけている。

2000年頃から作家活動をはじめて25年ほどになり、これからについて小川は次のように語る。「今は具体的な何かを描きたいというより、もう一段、遠くにいきたいと思い、描き続けている。また、茅野を含めた信州の豊かな自然の景色に感動した感覚などを作品に反映できないかと挑戦している。それは、風景を写実的に描くのではない表現で、自分のなかではまだまだ掴みきれていないが、やっていきたい」※1。「シンビズム6」木祖会場にて、小川は旧藤屋旅館という日本家屋で作品を展開する。小川は周囲の予期せぬ要素を取り込みながら、私たち鑑賞者の想像力を刺激するような作品たちと出会わせてくれるにちがいない。

  • 1 小川格氏へのインタビューより(2025年5月9日)
  • 2 小川格展「水中月光」アーティストトークより(2023年11月27日)
  • 3 2018年度茅野市美術館 茅野市市制施行60周年記念事業 信濃美術をみつめる「描くこと この地との出会い」関連イベント 特別講座「おでかけ美術館」にて(2018年9月6日)

茅野市美術館 中田 麻衣子

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