ARTISTS作家一覧
戸谷 成雄TOYA Shigeo

略歴
| 1947 | 長野県上水内郡小川村生まれ |
|---|---|
| 1975 | 愛知県立芸術大学大学院彫刻専攻修了 |
おもな作品発表歴
| 1974 | 個展「POMPEII・・79」(ときわ画廊/東京都) |
|---|---|
| 1987 | 「もの派とポストもの派の展開/1969年以降の日本の美術」(西武美術館/東京都) |
| 1988 | 「第43回ヴェニスビエンナーレ」(ジャルディーニ公園日本館/イタリア) |
| 1990 | 「プライマル・スピリット:今日の造形精神」(群馬県、アメリカ、カナダ) |
| 2000 | 「人間+空間 第3回光州ビエンナーレ特別展」(メインホール・アジア・セクション/韓国)、「韓国と日本の現代美術の断面 第3回光州ビエンナーレ」(光州市立美術館/韓国)、「日本美術の20世紀 美術が語るこの100年」(東京都現代美術館/東京都) |
| 2001 | 個展「戸谷成雄―さまよう森」(国際芸術センター青森/青森県) |
| 2003 | 個展「戸谷成雄 森の襞の行方」(愛知県美術館/愛知県) |
| 2006 | 個展「戸谷成雄―大きな森」(宮崎県立美術館/宮崎県)、個展「ミニマルバロック」(シュウゴアーツ/東京都) |
| 2011 | 個展「洞穴の記憶」(ヴァンジ彫刻庭園美術館/静岡県) |
| 2012 | 「第1回キエフ国際ビエンナーレ アーセナル2012」(Mystetskyi Arsenal/ウクライナ) |
| 2013 | 「Re:Quest―1970年代以降の日本現代美術」(ソウル大学美術館/韓国) |
| 2014 | 「開館20周年記念MOTコレクション特別企画コンタクツ」(東京都現代美術館/東京都) |
| 2015 | 「第6回大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015」(清津倉庫美術館/新潟県) |
| 2017 | 個展「戸谷成雄―現れる彫刻」(武蔵野美術大学 美術館・図書館/東京都) |
おもな受賞歴
| 1988 | 第1回朝倉文夫賞 |
|---|---|
| 1990 | 第18回長野市彫刻賞 |
| 1993 | タカシマヤ文化基金第3回新鋭作家奨励賞 |
| 1995 | 第17回平櫛田中賞 |
| 2000 | 光州ビエンナーレアジア賞 |
| 2004 | 平成15年度芸術選奨文部科学大臣賞(美術部門) |
| 2009 | 紫綬褒章 |
| 2015 | 第39回中原悌二郎賞 |
STATEMENTステートメント
絡まり合いの構造 −戸谷成雄の彫刻−
戸谷成雄の彫刻は、絡まり合いの彫刻である。それは、彫り刻まれた木の表面であり、かたちとしても、制作の源にある意識としても、ひとつのゆるがない中心を持つ塊ではなく、複数要素の往復から成る多視点的な構造である。相反する要素が、時に整然と、時に複雑に絡まり合うその表面へ、われわれはさまざまな位置と角度から視線を差し向けることになる。
戸谷成雄は、1947年長野県上水内郡小川村に生まれた。75年に愛知県立芸術大学大学院彫刻専攻を修了するが、大学院在学中の74年に開催した初個展「POMPEII••79」から、世界で連綿と歴史が築かれてきた彫刻を一度カッコで括り、批判的な視点で「彫刻」の再構築を試みてきた。その作業は80年代初頭まで続き、84年から次なる展開、「森」シリーズへと前進した。「彫刻家」として歴史を消化し、そのうえで立ち上げたのがこの代表作だ。
本シリーズの第1作目は87年に発表され、以降2016年までに10点制作されている。規則正しく立ち並ぶ30本の彫刻は、それぞれ下部から上部にかけて、平らな表面からそこに線刻が現れ、レリーフとなり、頂点で彫刻になる、という構造をもつ。彫刻の発生を辿るような形態を全体として共有しつつ、それぞれの彫刻は自律的に存在している。こうした「森」シリーズのことを、戸谷はこう説明する。
「森は、樹木のみならず様々な生物、水、空気、音、匂い、そして気配などが絡み合う厚みを持った空間だ。山と谷の織り成す地球の襞に根付き呼吸している。森の中そして山と谷の間で交わされる視線は、斜線の織物空間を形成し、織物の密度の濃淡は多中心構造を生み出す。多中心に現れる垂直水平もこの斜線構造によって支えられている。私はこの構造を「森」として彫刻の構造に組み入れようとしてきた」※1
森はさまざまな要素が絡み合い、地面から木の頂点までの空間が、厚みのある表面、内と外の共有空間として存在している。そしてそこへの人の視線も絡み合う。この絡み合いの構造が、《森》という彫刻の場に内在しているのだ。
一方で、2000年に戸谷自身により定義づけられた造語「ミニマルバロック」を冠したシリーズも、戸谷作品を語るうえで重要である。「ミニマルバロック」とは、17〜18世紀西欧の、自然を重視した動的な造形による「バロック美術」と、60年代に発生した最小限の要素で作品を構成する「ミニマルアート」とが組み合わされた造語であり、本図録掲載の《双影景(ミニマルバロックIV)》(pp.32-33)もこの流れで制作されている。本作は、1本の角柱を長辺で2等分したのち、それぞれの小口を4分割、そしてそれをさらに柱状に分割、接合し、表面に斜線、襞状の彫刻を施したものである。ここで重要なのは、最初に2等分された両者が、鏡像関係となっていることだ。両者は実体と影のように規則的に配置され、全体としてひとつの空間をつくる。最終的に1本の角柱に還元可能であり、かつ、それぞれは複雑な襞を持ち、自律した彫刻として存在するという意味で、ミニマルバロックの特徴を濃くあらわしている。
さて、《双影景》と《森IX》は同年に制作されている。戸谷は、《森IX》を発表した個展「ミニマルバロック III」において、次のように語っている。
「9・11の後、ニューヨークにおいてスーザン・ソンタグが〝But let’s not be stupid together[いやしかし、ともに愚かになるのはよそう]〟※2と書いたということをどこかで読んだが、当時のアメリカで倫理と情動の間を揺れ動く人間の危うさを見抜いた言葉に感動した。それは、行き過ぎたバロック化の現状に対して、私が造形上の言葉として「ミニマルバロック」を作品の主題としてきたこととも重なるが、ふと気が付くと、「森シリーズ」I〜VIIIも、典型的な「ミニマルバロック」であったと思う」※3
戸谷は、99年以来中断していた「森」を、「ミニマルバロック」として再開した。相反する二極が往還し絡み合う構造として、改めて「森」が捉えられたが、個の主張が比較的強い《森》に対して、《双影景》は個と全体との緊張関係がより慎重に図られている。
森と身近に接した幼少期を持つ戸谷が、「彫刻」を咀嚼したうえで、自らの意識に底流する構造をかたちづくるのに森を選んだ。彼が生まれた長野の地で、作品を前にしてその意味を考えてみたい。
- 1 個展「森X」プレスリリース(シュウゴアーツ、2016年)
- 2 矢ケ崎による和訳。
- 3 個展「ミニマルバロックIII」プレスリリース(シュウゴアーツ、2008年)。なお、批評家スーザン・ソンタグの言葉は、米雑誌『The New Yorker』(2001年9月24日)における彼女のエッセイ中の一文であり、〝Let’s by all means grieve together.[ぜひ、ともに悲しみに暮れよう]〟という一文に続いて述べられている。
太田市美術館・図書館 矢ヶ崎 結花
Intertwined Structure – Sculpture by TOYA Shigeo –
TOYA Shigeo was born in Ogawa-mura, Kamiminochi- gun, Nagano Prefecture, in 1947. He tried to reconstruct sculpture from a critical point of view, and later launched a series of works entitled “Woods” and “Minimalbaroque,” which are his masterpieces.
His sculpture is characterized by its intertwined structure of carved and chopped surfaces of wood. Thinking about the structure, in terms of shape, or the consciousness as the source of his works, it’s not a mass having an unmoved center, but rather a multi-angled structure consisting of plural elements shuttling back and forth. We are compelled to cast our attention to their surfaces, where contradictory elements are entangled systematically with each other at one time, but complicatedly at other times, from various positions and angles.
Art Museum & Library, Ota Yagasaki, Yuka







その時、僕は、ミニマリズムの先駆的存在でもある、マレービッチのことが、頭にありました。ロシアの作家で、ロシアのイコン的なものとか、宗教的なものを含めた絵画の、図像の基本となる四角を、黒く塗り潰すことにおいて、シュプレマティズムという、ミニマルであるけれど、何か、不思議な神秘性を秘めた四角い芸術を生み出した人です。その作品の黒の厚みというか、深みの裏側にたっぷりと美術的な層が塗り重ねられているように見える。イリュージョン性を全部排除しているけれど、何かが出現している。その、表れるものと表れを消してしまうものとの間に発する熱量というようなものを、もう一度美術として自分の中で見なおしたいということがあります。
ミニマルバロックは、僕自身、両者の緊張関係を取りもどそうとしたことです。
戸谷成雄「彫刻の明日はどっちだ」(金沢美術工芸大学 講演草稿、2000年/土方浦歌、森陽子編『戸谷成雄 彫刻と言葉1974-2013』ヴァンジ彫刻庭園美術館、2014年、p.271所収)より抜粋
At that time, I had the idea of Malevich, a forerunner of minimalism. He was a Russian painter who created “square art,” otherwise known as “Suprematism,” which holds something intriguing and mysterious in it, though it looks like minimal, and was produced by applying black paint over a square surface. “Square” is a basic form found in the images of paintings of Russian icons and other religious paintings. It seems that behind his works, which make us feel the thickness or depth of blackness, layers of rich paints are applied artistically again and again. Although he tried to eliminate illusory elements from his works completely, we still feel something appears from them. I myself would like to reconsider, once again, something like the amount of heat generated from between ‘the appearing’ and ‘the eliminating,’ from the point of view of art.
This “minimalbaroque” is my attempt to regain the tension between these two things.
References: Toya, Shigeo. “Where are the Sculptures Going Tomorrow?” Kanazawa College of Art, Lecture draft, 2000. In edited by Hijikata, Uraka, and Mori, Yoko “Toya, Shigeo: Sculptures and Words 1974 – 2013,” Vangi Sculpture Garden Museum, 2014, p 271.