MUSEUMS会場一覧
- 長野県木曽郡木祖村薮原1067 Google Map
- TEL:
- 0264-36-3348(木祖村教育委員会)
- 休館日:
- 月曜休(祝日の場合は翌日)
- 開館時間:
- 9:00-16:00(入館は15:30まで)
※駐車場は木祖村役場をご利用ください
※サテライト小展示を展開

ESSAYエッセイ
「日曜画家の村」木祖村―旧藤屋旅館を中心に
木曽川の最上流に位置する木祖村。約82haのなかには木曽ヒノキやサワラをはじめ、ウラジロモミやコメツガなどの針・広葉樹が混生する水木沢天然林がある。薮原神社は立川和四郎富昌により1827年に建立された本殿が村文化財に指定され、その創始は天武朝にまで遡るなど、自然と歴史遺産に恵まれた村だ。近世には中山道35番目の宿場である薮原宿が整備され、難所であった「鳥居峠越え」の休養所として栄えた。特筆すべきは長野県伝統的工芸品にも指定されている「お六櫛」である。同じく中山道の妻籠宿のお六は頭痛に悩まされていたが、御嶽大権現のお告げによりミネバリ(オノオレカンバ)で作った櫛で髪を梳かしたところ快癒したという伝説が由来になっており、藪原では鳥居峠周辺に生育するミネバリを用いて享保年間にその生産がはじまった。以降「旅人につげの小櫛は峯張りの木曽路はここと指して教えん」と太田南畝に詠まれるほどの主産地となり、1848年には宿内の6割が櫛の生産に携わっていたという。現在では村内に3名の職人(村外在住を含めれば4名)が制作するのみであるが、親子三代で使えるといわれるほど丈夫な手挽き櫛は、今日も根強い人気を博している。
そんな木祖は芸術的側面も大きい村である。1911年には藤田嗣治や近藤浩一路が滞在し、臨済宗の古刹・極楽寺に天井画を残している。古くから油彩キャンバス木枠の生産も盛んで、現在は国内生産量の大部分を占めている。こうした背景から、村は1980年に「日曜画家の村」を宣言し、1987年からはアマチュア画家による展覧会「全国日曜画家中部日本展」を毎年開催している。2024年からはアートトライアル事業を開始し、第一弾のアーティスト・イン・レジデンスに参加した若林菜穂と渡邊悠は、木祖村郷土館での展示だけでなく、木祖小学校と中学校でのワークショップなどを通して住民との交流を深めている。
今回の展示会場である旧藤屋旅館(以下、藤屋)は、木祖村役場から300mほど、旧中山道沿いに位置する。開業時期は判然としないが、遅くとも大正期までには開業し1995年まで営業をしていた。住民によれば、「旅館という性質上、早くから電話が開通していたので、電話を借りに行ったり受けてもらっていたりした」「伝染病が流行った昭和20年頃には藤屋が水道組合を仕切っており、松の木で木管を作り山から水を引いていた」というエピソードが残っており、地域と結びつきの強い旅館であったようだ。閉業後は所有者住居となったが空き家となり、移住体験施設などとして活用されたのち村が購入した。藤屋に再び光が入ったのは、アートプロジェクト「木曽ペインティングス」が2018年6月に開催した「けものみち」の一会場として使用したことによる。彼らは住民の協力を得ながらリノベーションを行い、村の新たなアート拠点に生まれ変わらせた。
今回の展示作家のひとり、小川格は父が妻籠の出身で、その生家には伯母(父の姉)夫婦が住んでいたこともあり、少年時代には夏休みの多くを同地で過ごしていたため第二の故郷のように感じていたという。藤屋については木曽ペインティングスの展示を観に訪れたことがあり、「木曽は大切な場所なので自分も関係が持てるならと思っていた」と語る。作品が2階藤の間と裏庭に、さらに彼のプロジェクト《メイメイアート》が車庫であったギャラリースペースにそれぞれ展示される予定である。1階和室と2階松の間に展示予定の波多腰彩花は、「かつて紡がれていたであろう営みの気配が今もなお残っており、まるで記憶と現在が静かに同居しているように感じた。長らく人々の活気を受け止めてきた名残がその空間に沁み込んでいるようで、それらの時間の重なりは、空間との対話を通して自己を見つめるような感覚を自身のうちに呼び起こすものだった。建物が持つ記憶と作品が響き合い、人の内面と呼応するような展示を目指したいと考えている」、2階欅の間に展示予定の宇賀神拓也は、自身が空き家を改修して制作活動をしていることをふまえ、「今回の藪原らの展示も旧藤屋旅館という空き家であり、そのスペースで展示するのに縁を感じる。人口減少まっしぐらの日本の今の田舎の〝空き家〟という記憶が染みついた空間でノスタルジックな気持ちになるのではなく、斬新な、未来志向な展示を目指したいと考えている」と、それぞれ印象と意欲を語っており、三者がどのように藤屋を彩るのか期待している。
最後になるが、今回の展示にあわせて塩尻市立平出博物館を核とした地域でのサテライト小展示も計画されている。同館のほか、木曽町御嶽山ビジターセンターさとテラス三岳、妻籠宿寺下地区の松川家(南木曽町・小川父の生家)という直線約80km内に点在する3ヵ所を巡り、「すべて山の中」をこの機会にぜひ体感いただければと思う。
辰野美術館 川島 周