MUSEUMS会場一覧
- 長野県下伊那郡泰阜村6221-5 泰阜小学校内 Google Map
- TEL:
- 0260-25-1030
- 休館日:
- 12月29日-1月3日、学校が休業の日
- 開館時間:
- 9:00-17:00
※秋の特別展示(9月25日[木]-10月13日[月・祝] )
期間は土・日も開館
※土日祝日及び長期休業など学校が休みの時の
見学は事前に電話でご予約ください

ESSAYエッセイ
~「貧すれども貪せず」の精神が薫る美術館~
1929年10月にアメリカではじまった世界恐慌による不況は、農山村の貴重な現金収入源であった養蚕業に深刻な打撃を与え、日本中が窮乏状態になりました。泰阜村でも、学校を休んだり弁当を持ってこられなくなったりする子どもがいました。このような状況下で、学校の先生方に対し「村が負担していた教員給与の1割を村へ寄付するように」との議決がなされました。当時の泰阜北小学校の吉川宗一校長は、単に村に寄付するのではなく「将来、村を背負って立つ子どもたちの夢や愛を豊かに膨らませてやるため」に使うことを考えました。そのきっかけになったのが倉澤量世氏(後に興世と改名)の少女像『偲(ルビ●しのぶ)』です。
倉澤は泰阜村に生まれ、当時「帝展」に連続入選するまでになっていた彫刻家です。母校の校舎改築のお祝いに『偲』(1926年3回目の帝展入選作)を寄贈してくださいました。この像を見て感動した吉川校長は、「絵や彫刻にふれることで人間としての心根を豊かにしていくこと」の必要性を感じていました。そして「貧しいけれども心は貪しない」という信念で美術品を集め、子どもたちの情操教育を行うと同時に、将来はこの地に美術館を建設したいということを、村議会に建言したのです。
反対はあったものの、この事業については学校に任せることになり、有名な作家の絵や書を買うことになりました。購入第1号は、菱田春草の姪・菱田きくの『紫陽花』でした。その後も子どもたちから寄付金が集められたり、倉澤が東京で知人や著名な作家に作品の寄贈を求めたりしました。このように先生方や村民をはじめ、多くの人びとの協力で丸山晩霞や中村不折など、次第に高名な作家の作品が増えていきました。しかし、戦争の気配が濃くなるとともに、美術品は封印されてしまったのです。
時が流れ1951年、美術品が封印されたままなのを残念に思った当時の泰阜北小学校の久保田倫校長は、泰阜北中学校の坂牧和一校長とともに美術館の再興を計画しました。しかし、翌年は冷夏で大冷害のため賛同が得にくく寄付も集まらず、計画は中断。事情を知った卒業生たちが、自らの厳しい生活のなかから寄付金を送ってくれました。なかには、自分の山から木材を切り出してくれた人もいました。こうしたことにより再び建設の気運が盛り上がり、反対者を説得して美術館建設が実行に移されたのです。そして、1954年、出発から実に24年後、村の内外の協力を得て、泰阜北小学校の裏山に宇治の平等院鳳凰堂を模した美しい「学校美術館」が建てられたのです。
その後、美術館老朽化のため、1975年の泰阜北小学校の校舎改築にあわせて校舎昇降口2階に展示室を設置し、作品を移しました。以後も、作品の寄付や購入があり、また、表装や鋳造など作品修理も続けられました。
2010年4月、泰阜南・北小学校の統合に伴い、新たに泰阜小学校が、泰阜中学校(1993年に泰阜北中・泰阜南中の統合により開校)に併設されました。泰阜北小学校裏山に建設された学校美術館は56年の歴史を終え、作品は泰阜小学校展示室へ移転されました。さらに2023年6月には展示室横に別館が建設され、収蔵作品の整理が行われています。現在では収蔵作品が約1000点となり、村民のみならず、県の内外から来館者が鑑賞に訪れるようになりました。毎年、小学校運動会・中学校文化祭のある期間中(土日・祝日も含む)に、学校美術館運営審議会による企画展も実施されています。中学校の生徒が選定した収蔵作品を、中学校校舎内に展示する活動も行われています。これらを通して、子どもたちにとって新しい作品との出会いの場となっています。
2025年4月より、学校美術館をプラットフォームとした新たな取り組みもはじまりました。泰阜小学校児童会に美術館・環境委員会が立ちあがり、子どもたちが美術館の運営や企画にかかわっています。より親しみやすい学校美術館をめざし、子どもたちによるロゴマークの発案、展示作品人気ランキングイベント、学校美術館アートカード制作に向けた作品選定、毎朝の館内清掃などが行われています。子どもたちによる企画展も、学校美術館運営審議会の協力を得ながら行っていく予定です。
対話型鑑賞による美術館作品の鑑賞タイム(朝鑑賞)も、毎月1回、朝の時間に行っています。担任が作品選定・ファシリテーターを行っていますが、今後、子どもたちが進める鑑賞タイムをめざしています。
今日も、先人たちが自らの生活苦と引き換えに後世の子どもたちに残していった美術品を、楽しそうに鑑賞している子どもたちがいます。このことが後世へと受け継いでいく最大の財産だと思っています。
泰阜村立学校美術館 小林 一博