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MESSAGEメッセージ
「シンビズム
信州ミュージアム・ネットワークが選んだ20人の作家たち」展
開催にあたって
一般財団法人長野県文化振興事業団・長野県では、県内の公立、私立、20施設のさまざまなキャリアの学芸員共同企画による、初めての展覧会を開催いたします。
展覧会名の「シンビズム」は、「信州の美術の主義」を表しますが、ほかに「新しい美術」「真の美術」「親しい美術」などの意味を込めています。
市民と作家および作品をつなぐ学芸員の意識共有や資質の向上を図り、県内ミュージアムのネットワーク化を促進することで、作家への全県的な支援や、市民のみなさまへのより多彩で豊かな情報提供を目指しています。本展の開催にあたり、本展にご協力とご支援を賜わりましたみなさまに心から感謝申し上げます。
2018年2月 主催者
Brief Message from the Organizers of the
“Shinbism Exhibition – Twenty Artists Selected from the Shinshu Museum Network”
The Nagano Prefectural Agency for Cultural Promotion – a general incorporated foundation – in cooperation with the Nagano Prefectural Government is going to host the first art exhibition jointly planned and produced by the curators having various interests from twenty public and private institutions in the prefecture.
The title of the exhibition, “Shinbism,” stands for “the essence of beauty in the art of Shinshu.” In this case, “shin” – 信 stands for Shinshu (Nagano Prefecture). The “bi” – 美 means beauty or art, and “ism” – イズムconveys “essence or principle.” At the same time, instead of using 信, which is pronounced “shin,” we can replace it with several homonyms having the same sound as “shin,” but differ in meanings in order to elaborate on the meaning of “Shinbism.” Thus, “Shinbi” could be written as 新美 meaning new, art/beauty, 真美 meaning true, art/beauty, and 親美 meaning accessible, art/beauty. Now, we are endeavoring to extend our unreserved support to the artists, and provide great variety of richer information to all citizens in the prefecture, by raising the motivation and skill of the curators, who worked hard to connect citizens with the artists and their works, and further promote strong networking among museums in Nagano Prefecture.
Upon this opening, we would like to express our sincere gratitude for all who offered their cooperation and support for the materialization of this exhibition.
February 2018 The Organizers
OVERVIEW開催概要
全体監修
本江邦夫(長野県芸術監督、多摩美術大学名誉教授)
アドバイザー
石川利江(ISHIKAWA地域文化企画室代表)
企画・構成
信州ミュージアム・ネットワーク「シンビズム」展ワーキンググループ
- 中嶋 実(小海町高原美術館)
- 工藤美幸(佐久市立近代美術館)
- 鈴木一史(Karuizawa New Art Museum)
- 佐藤聡史(丸山晩霞記念館)
- 小笠原 正(上田市立美術館)
- 矢ケ崎結花、丸山 綾(諏訪市美術館)
- 前田忠史(茅野市美術館)
- 赤羽義洋(辰野美術館)
- 長田絵美(八ヶ岳美術館)
- 武井文一(信州高遠美術館)
- 伊藤幸穂(木曽町教育委員会)
- 立野直緒(木曽路美術館)
- 武井 敏(公益財団法人碌山美術館)
- 大竹永明(松本市教育委員会)
- 三澤新弥(安曇野市教育委員会)
- 鈴木幸野(山ノ内町立志賀高原ロマン美術館)
- 宮下真美(おぶせミュージアム・中島千波館)
- 梨本有見(須坂市旧小田切家住宅)
- 前澤朋美(長野市信州新町美術館)
- 伊藤羊子(一般財団法人長野県文化振興事業団)
企画・運営
一般財団法人長野県文化振興事業団
(芸術文化推進室、信州ミュージアム・ネットワーク事業推進室)
- 阿部精一
- 町田弘行
- 白沢千恵子
- 伊藤羊子
STATEMENTステートメント
壁を越える
0.88
まずはこの数字から。
長野県は全国で美術館が最も多い県といわれている。文部科学省の統計調査のデータ(2015年10月1日現在)で確認してみると、長野県は110施設を擁する、全国で最も美術館の多い県であることに間違いない※1。以下、東京都(88施設)、静岡県(53施設)と続く。美術館が立て続けに開館・閉館することはないので、この状態はしばらく変わらないだろう。
では博物館全体、つまり総合博物館、科学博物館、歴史博物館、野外博物館、動物園、植物園、動植物園、水族館の総数ではどうか。そうすると長野県362館、北海道335館、東京都300館と続き、長野県はここでも全国一を誇る(ちなみに全国の博物館総数は5,690館、このうち美術博物館の数は1,064館である)。だが、ここからが問題だ。
学芸員・学芸員補の数はいったいどうなっているのか。博物館全体の数でいうと、長野県317人、北海道398人、東京都1,017人となっている。えっ!やけに少なかないか、長野県。一館あたりの学芸員数に換算してみると、長野県0.88人、北海道1.19人、東京都3.72人…。東京都とのあまりの差に、愕然とする。ちなみに、この比率の全国平均は1.53人であり、上位3県は、東京都3.72人、神奈川県2.99人、千葉県2.86人、下位3県は、秋田県0.80人、青森県0.83人、長野県0.88人である。長野県がどうしてこのような結果になっているかといえば、小規模な施設が多いためだ。小規模ならば当然それに応じて、職員の数も少なくなる。あまつさえなかには学芸員を配置していない施設さえある。よって一館当たりの学芸員数がひとりを切ってしまっているのだ。
長野県は、博物館の数だけは全国にその数を誇るものの、一館当たりの学芸員数では全国平均を大きく下回るばかりかワースト3位という非常にアンビヴァレントな現状を抱えているのである。
心の豊かさ
もうひとつ、こんなデータもある。
国勢調査を集計した文化庁の文化芸術関連データ集の「6文化に対する意識1(重要性)」によれば、国民の約6割が「物質的にある程度豊かになったので、これ
からは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい」としている。この傾向は1980年代から続くもので、とくにここ20年は、約6割が心の豊さを、約3割が物質的な豊かさを求めることは変わっていない※2。
心の豊かさを求める傾向は近年さらに高まっているように思う。というのは、近頃、消費は「モノ」から「コト」へ変わったといわれているからだ。購入した商品の所有に価値を見出す「モノ消費」ではなく、購入した商品から得られる体験やサービスに価値を見出す「コト消費」が重視されるようになったという。「断捨離」が流行語に選ばれたことも、もはや「モノ」ではなく「コト」に国民意識が向かっている現われとみることもできよう。こうした意識変化を促しているもののひとつに、スマートフォンに代表されるようなIT技術の革新があるように思う。電子書籍、音楽のストリーミングの登場は、われわれを本やCDの所有から解放した。所有しなくなったといっても、読まなくなったり聴かなくなったわけではない。相も変わらず僕らは求めている。美しいもの、変わったもの、新しいものを。僕らはそういうものを観てみたいし、聴きたいし、味わいたいのだ。
価値の多様化
世界全体ではどうかわからないが、日本では近年芸術家の数が微減に転じたそうである※3。作家の数が減ったから作品の数が減るかといえば、そうではない。むしろ、作品の数は増えているのではなかろうか。というのは、新たに作品として扱われるようになったものが増えてきているからだ。たとえばアール・ブリュットのように、かつては美術史の文脈で取り上げられることのなかった作品に光が当てられはじめている。また、これまであまり展覧会のテーマとされてこなかったマンガやアニメなどの企画展あるいはそのタイアップ企画が増えてきている。2016年から17年にかけて、巡回したルーヴル美術館の特別展「LouvreNo.9:漫画、9番目の芸術」も記憶に新しい。価値の多様化が叫ばれる時代にふさわしく、多様な作品が認められるようになってきた。
新たな作品が生み出され、新たなジャンルが開拓される。観たい/知りたい/聴きたいなどの好奇心も増大している。作品を供給する側と需要する側の間に立って、それをとりなす学芸員という存在。この現状にあって、全国的にみると一館当たりの学芸員数が少ない長野県の場合、時代の要求に応えていくにはかなり不利なように思える。だが待てよ。東京都の人口は長野県の6倍、作家は都市部に集中して在住している。この状況を踏まえれば、都市部の方がかえって学芸員が不足しているともいえ、長野県の学芸員が際立って不遇というわけでもなさそうだ。
キュレーション
近頃「キュレーション」は、インターネット上の用語として使われるようになってきている。無尽蔵な情報にさらされた現代の導き手として、キュレーション(情報をまとめ、提示する)の力が必要とされているためだ。キュレーション(curation)はもともと博物館業界で使われる言葉である。キュレーター(curator学芸員)はもう少しなじみがあるかもしれない。キュレーションとは、学芸員の仕事のひとつで、ひと言でいえば、あるテーマのもとに資料を選び、展示すること。美術館の場合、あるひとりの作家の画業を振り返ったり、また作家の知られざる側面にスポットを当てることで新しい作家像を提示したり、さまざまな作品を展示するなかで現代の社会問題を提起するなど、総じてなんらかの視座を提供することが多い。
どうまとめるか。それが一番の問題だ。どうまとめて、どのように鑑賞者に提供するかについては、もともと取り組んできたことではあるとはいえ、時代の趨勢を受けて、あらためて意識を強くすることが求められているように思う。
ところでキュレーターの語源は、ラテン語の「curare(世話をするの意)」にあるという。その語源の意味合いは現代にもこだましており、作品の管理・保護・展示、解説文の執筆はいうにおよばず、ときには展覧会の資金集め、小規模な施設だとトイレ掃除や庭木の剪定さえ学芸員の仕事になっており、世話することの多さから俗に「雑芸員」と自嘲されることもある。マルチな働きが期待される職種であるが、そんなに人間は万能じゃない。得手不得手だってある。それでもますます多様化していく価値、新しいテクノロジーの導入にともなう業務上の変化、そういったものへの対応が求められるため、機会に応じて個々のさまざまなスキルを拡張させていく必要がある。これがひいては展覧会の質を向上させ、人びとに感動や癒しを届け、心の豊かさに資することになるだろう。
では、どのようにしてスキルを拡張していくか?各種の研修会への参加することも有用だろう。ただ研修会などで身に付けたノウハウが即座に役立つような場面にはなかなか出くわさない。発生する問題は、どちらかといえば、いつも思いもよらないものばかりだ。こういったことにすばやく対応するときにありがたいのが、周囲の人の知恵や経験である。自館に同僚の学芸員がいれば気軽に相談できるが、いない場合、頼りになるのは他館の学芸員とのつながりである。
- 1 全国の美術館数、博物館数については、2015年度社会教育調査統計表の「博物館調査(博物館)」のうち「95種類別博物館数」と「博物館調査(博物館類似施設)」のうち「123種類別博物館類似施設数」を合算した。学芸員数については、「97博物館の職員数(都道府県別)」と「125博物館類似施設の職員数(都道府県別)」を合算した。
博物館調査、博物館類似施設を参照。 - 2 文化芸術関連データ集参照。なお、約9割が、日常生活のなかで、芸術を鑑賞したり、文化活動を行ったりすることを「非常に大切」あるいは「ある程度大切」としている。
- 3 注釈1と同調査内「33 我が国の「芸術家人口1(職業別、年齢別)」参照。
公益財団法人碌山美術館 武井 敏
Breaking Down the Wall
Nagano Prefecture has more art museums (110) than any other prefecture in Japan. Speaking of all types of museums in total, there are 362 in Nagano. Hokkaido has the second largest number of museums, totaling 335. Tokyo follows Hokkaido, having 300 of them. (Just for your information, there are 5,690 museums in Japan. Of them, 1,064 are art museums.)
However, the number of curators and assistant curators in Nagano is surprisingly few. The average number of curators per museum is only 0.88, which means there are some museums without any curators. On the other hand, Hokkaido has 1.19 curators per museum, and Tokyo has 3.72 per museum. It is no wonder if someone compares the average number of curators in Nagano to that in Tokyo, he or she will be astonished. The national average is 1.53 curators per museum, and Nagano’s average number is the third from the lowest. Museums in Nagano are generally small and, since there are only a limited number of museum personnel, Nagano suffers from a lack of curators. Nagano is proud to have so many museums, but they are impaired because of the few number of curators, creating a difficult state of affairs.
It is appropriate to this era in which diversification of value is espoused, that various kinds of art are recently gaining acceptance. For instance, museums in Japan have begun holding exhibitions of art brut, manga, animation and so on. A growing number of people have an increased curiosity of seeing, knowing, and listening to the music that compliments the art. Curators mediate between those who supply and those who demand the art. Choosing and displaying the art have been thoroughly thought out, but current changes force us to think of a curator’s role differently. We have to be more sensitive to information and develop various kinds of new skills when the opportunity presents itself. As there are so few curators in Nagano’s museums, we need to address this change earnestly.
Although creating this new network will not solve all the problems each museum faces, there is no doubt, it will give curators a wonderful chance to develop new skills since they can now exchange new information and absorb each other’s knowledge and experiences. Curators can acquire a better view of various kinds of art and expand the possibilities in the display of art in each of their museums and improve the quality of their exhibitions. Such curators, I’m sure, not only help artists to grow but also, as a result, inspire and heal the exhibition-goers while enriching their minds and souls.
Rokuzan Art Museum Takei Satoshi
